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きょうのできごと①「爆汁肉餃子」

爆汁肉餃子の汁を盛大に浴びた。ズボン越しでさえ、汁の熱を感じる。
おかあさん、それ焼きたてですね。

デパートの催事場にあるイートインスペースでのことだ。マスカルポーネジェラートを食べていると、すぐ目の前に「うちの餃子は汁が飛び出しますよ!」と呼び込みをしている餃子屋が出店していて、まさにそれを買って隣でかぶりついた人の餃子からどびゃっと汁が飛び出たのである。だからそう言っているじゃあないか。
気付かないまま次の餃子に取りかかろうとしてるおかあさんに、何か声を掛けたい。
「ちょっと、汁飛んだんだけど」が一般的だろう。だが「だけど」止めはなんか嫌だった。「足踏んでんだけど」や「先並んでんだけど」などと一緒で、キレてる定型感が野暮ったい。自分の恋人や友人には「だけど」止めを使ってほしくないんだけど。

「だけど」何なのか。謝って欲しいのか。しかし謝れば「テメェ謝って済むと思うなよ」とか言うんだろう。違う違う、そんなことは思っていないし、謝まらなくていいから、そうだ、拭くものがほしいのだ。

「そちらの餃子から汁が飛んだので拭くものをください」
「ああ、はい!」
おかあさんは慌てて箸を置き、こんなに飛ぶとは思わなかったーなどと言いながらカバンを漁る。そしてくちゃくちゃのポケットティッシュを差し出した。その間にも汁はズボンから靴へ滴り落ちる。数枚引き抜いて黒い布地を拭くと、白いモケモケがくっついてひどいことになったので、ウェットティッシュをくださいと言うと、持っていないと言う。そして財布から小銭を数枚、慎重に選びながら取り出して「これでウェットティッシュを買ってください」と言うので、「そういうことではない」と断った。いくら握っていたのか見なかったが、いくらにせよ、悲しかった。

だが、私が最も悲しかったのは、お金目当てでいちゃもんをつけた人みたいになったことでも、洋服が汚れたことでもなく、おかあさんが楽しみに買った焼きたての餃子が、そうこうしているうちにみるみる冷めていくことだった。平日の昼下がり、チラシで見た餃子が食べたくて、デパートにやってきたのだろう。チルドの餃子も売っているが、誰かに焼いてもらう餃子は格別美味しい。
美味しいものが美味しい瞬間に食べられないことが、私は本当に嫌なのだ。
「冷めちゃうから食べてください」
そう言うと、おかあさんはゴミ箱のほうへ移動した。気まずいからって捨てるこたぁないでしょう、と思ったら、また汁が飛ぶだろうからと、ゴミ箱の上に身を乗り出して餃子にかぶりついたのだった。悲しい。もう冷めてるから、それほど汁は出ないし。
美味しいはずのジェラートは、顔に塗りたくるコラーゲンゲルのような味がした。

私はその日一日、全く使い物にならないくらい悲しい気持ちで過ごした。
しかしこうして夜、文章が書けた。飛んできた汁は、もうすっかり乾いている。

それにしてもあの肉汁、凄かったなぁ。
※頭の写真は小籠包です

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