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将来の目標をくれた、大人のための絵本【インタビュー記事#14:アライバル】

大切な一冊をおすすめしてくれた人と、1冊の本を出発点として人生を語り合うインタビュー記事第12弾。今回は、この度新しく本屋余白のメンバーとなった東京藝術大学3年の近藤結子さんをお招きした。(なお、このインタビューを実施した5月時点ではまだ本屋余白のメンバーになるなどという話は露ほども出ていませんでした。(笑))
おすすめいただいた本は『アライバル』。近藤さんの絵本観を覆し、将来の目標にまで影響を与えたというその本は、果たしてどんな魅力を持っているのだろうか。

おすすめのメッセージはこちら↓

高校の頃ひとめぼれし、その後も惚れ続けている絵本です。みなさんの絵本の概念が変わること間違いなし!
なによりこの本の中に広がる世界は、限りなく私たちに近い世界です。私の未来かもしれないし、みなさんのルーツかもしれません。

美術を研究することは、誰かの世界の見方を知ること

本屋余白(以下、「余」):今日はよろしくお願いします!
近藤様(以下、「近」):はい!よろしくお願いします。
:近藤さんは東京藝大生ですよね。
:はい。現在、美術学部芸術学科の3年生です。
:どうしてその進路を選ぼうと思ったんですか?
:そうですね。
まず、芸術学科っていうのは絵を描くというよりも、絵の「研究をする」方がメインの学科です。
なんでそういう学科に行ったかというと、絵を描くよりも研究する方が好きだな、と思ったからです。
高校までずっと美術部で活動していて、絵を描くのは好きだったんですよね。
ただ、色々やって分かったのが、私は「他人がどう描くか」にはとても興味があるけれど、「自分がどう描くか」には実はあんまり興味がない、と。
だから、美術と言っても絵を描く方ではなく、絵を研究する方が専門の「芸術学」を選ぼうと思いました。
:なるほど…。他人が描く絵を研究することの面白さ、もう少し知りたいです。
:私、新しいものとか、自分にないものを見るのがとても好きなんですよ。
それがどう繋がるかというと、他人の描き方を知るのって、その人の世界の見方を知ることだと思うから。
例えば、同じリンゴを描いていても、表現したいのがその丸さなのか、赤みなのか、はたまた赤の中のちょっとくすんだ緑というコントラストなのか。描く人が大事にしたいことって人それぞれなんです。それで、そういう違いは描かれる絵にちゃんと反映される。
だから絵を見ると、その人が何を大事にしてるのか、世界をどう見てるのかが伝わってくるんですね。そして、それが自分にはない世界の見方だったりすると、世界が広がる…というと陳腐だけれど、すごく刺激になるんですね。
もちろん、絵を見て感じることってあくまで自分の解釈だから、作者本人に聞いたら違うのかもしれないです。
でも、作者の意図だけが正解なわけではなくて。見た人それぞれの捉え方も同じくらい大事にされるのが、美術の良いところだし、面白いところなんじゃないかと思います。
:ありがとうございます。美術研究の面白さ、少し理解できた気がします。
最近はどういう研究をしているんですか?
:絵巻物について研究してみたいと思っています。
一般に、絵巻物の中の絵は文字情報(詞書)を補完するためのものとしてイメージされることもあると思うんですね。
ただ私は、文章の説明や付属物として絵がある、というだけではなくて、「絵によって語られる物語世界」は「文章で語られる物語」と平等であると思っているんですよね。
そういう仮説のもと、絵巻物に何が描かれて何が描かれないのか、あるいは文章にはないどんなことが付け加えられているのか、ということを卒論のテーマとして研究できたらいいなと思っています。
まだ研究した結果ではないのではっきりしたことは言えないんですけど…。
:絵巻物についてそこまで深く考えたことがないので、面白いです。
:この話、実は今日おすすめする本とも繋がるんですよね。
:え、どういうことですか??
:私、将来絵本に関わることができたらいいなと思っていて。
卒論でもそれをテーマにしたかったんですけど、生憎藝大の先生方の中に絵本を専門にしてる先生がいなかったんですよね。
せっかく藝大にいていろんな道のスペシャリストがいるのにそういう先生方からの専門的なアドバイスが受けられないのはもったいないなと思ったので教授の方の専門にテーマを寄せようと思って、絵巻物にたどり着きました。絵巻物は専門の先生がいらしたので。
あんまり連想されないかもしれないですが、「ストーリーと絵が一緒になって一個の作品になってるもの」っていう点では絵本も絵巻物も共通してるじゃないですか。
:うわあ、考えたことなかったけど言われてみれば確かにそうだな。
絵本と将来のつながりはまた後でお聞きできたら嬉しいです。

普遍的だけれど、自分のことのようなお話

:では、おすすめの本の紹介をしてもらってもいいですか?
:はい。オーストラリアの絵本作家さんであるショーン・タンという方が書いた「アライバル」という絵本です。
絵本と言っても、いわゆる子供向けではなく、結構分厚い中編の絵本ですね。
何よりも特徴的なのは、文字がないこと。一切出てきません。便宜上、タイトルがあるから翻訳作業は必要なんだけど、それ以外一切翻訳不可能という、翻訳家さんもお手上げの1冊です(笑)
:文字がない!それはすごいな、面白そう。
内容を簡単に教えてもらってもいい?
:はい。一言で言うと、移民のお話です。
移民として右も左も分からない新たな国にやってきた主人公の男が、日常に馴染んでいくまでの話…ですね。
ネタバレにならないように言うのが難しいですが(笑)
:ありがとうございます。そしたら、近藤さんにとって何が魅力的だったのか、知りたいです。
:2つの観点からお話ししたいと思います。
1つ目は、絵の描き方。私は個人的に、絵本を「手が届くアート」みたいに思っているところがあるんですね。そう考えると、絵本のテーマに対して何の絵をどう描くか、っていうのはかなり重要だと思うんです。その点で、この本はその選択がすごくうまくいっていると思うのですごく好きなんです。
じゃあどんな描き方をしてるかというと、かなり写実的です。かつ、モノクロで描かれているので、スナップ写真を並べているような見た目になっています。
実は、ショーン・タンはこの本を「アルバムのようにしたかった」って言っているんですが、本当にその通りに、スナップ写真を貼り付けたアルバムを1枚1枚めくっているような、そんな感覚にさせられるんです。
さらに鉛筆のスケッチのようなタッチになっているのも相まって、ノスタルジーや温かみを感じられるような見た目にもなっています。
個人的にも写実的なタッチが好きなのもあって、本当に私の好みドンピシャ、でしたね。
:ありがとうございます。もう1つは?
:もう1つは、テーマについてです。
先ほども言ったようにこれは移民の話なんですが、移民っていうと、ちょっと自分には遠いように感じられる人もいると思うんです。でも、この本は真逆で、とても自分ごととして感じられるんですね。
なんでだろうって考えたとき、多分徹底して「人」にフォーカスしてるからなんじゃないかな、って思いました。
:「人」にフォーカス。
:はい。
一貫して一人称で語られてるんです。文字はないけれど。
主人公の視点から見てる風景も随所にあるし、主人公の気持ちとかを追体験していくような形で物語が進んでいくんですね。
だから、確かに大まかに括ってしまえば「移民の話」なんだけれど、そういう大きなスケールの話じゃなくて、あくまでも一人の人間が経験したこととして私たちに届くんじゃないかと思うんです。
新しい環境に飛び込むことって、例えば学校で進級すればみな経験することだから、多かれ少なかれ誰もがシンパシーを感じられることだと思うんですよね。そういう普遍性がありながら、一人ひとりの読者にもきちんと訴えかけてくるものがあることが、この本の魅力です。
:普遍性と個別性が両立されてるってことですよね。面白い。
:そうなんです。
それってきっと、大人が読んでこそだと思うんですよね。
大人になればなるほど、自分の歴史が築かれてくる。そして、過去と未来の間に挟まれた「現在」の自分が、過去の重みを背負って未来を作っていくような選択を迫られる、というようなことが増えていくと思うんです。
そうやって、自分で選択して新しいところに飛び込んで、よく分からなくてもえっちらおっちら頑張ってきたっていうのが積み重なってきた人にとっては、この本と自分の人生がすごくリンクするはずなんです。まるで、その本に自分の人生が書かれているんじゃないかと思えるくらい。
これがきっと「普遍性と個別性の両立」ってことだと思うんですよね。
そんなふうに、大人が読んでこそ重みのある絵本があると知って、私の絵本観はがらりと変わりました。
:なんか、すごくわかる気がします。
普遍性のある物語の中で個別性を引き出すのは、あくまでも読み手の方ですもんね。そう考えると、読む側も合わさって一冊の「絵本」という作品ができる、という感じなんでしょうか。
最初にしていた美術研究の話と似てますね。
:そうだと思います。
芸術って、そういうものなのかもしれませんね。最初は不特定多数のみんなに向かっていくけれど、それが一人の鑑賞者に届くときには、ひゅんっ、って集約されて個別性を持ち始める、みたいな。

絵本の幅を広げたい

:ありがとう。
話題は変わるけど、さっき、この本と自分が将来やりたいことはつながるって言っていましたよね。その辺りの話を聞かせてもらってもいいですか?
:はい。
まだまだ変わるかもしれませんが、絵本の幅を広げられたらいいなと思ってるんです。
つまり、もっと大人向けの絵本を作ったり、学校に絵本が揃っている環境を作ったりとか。幼児向けだけじゃない絵本の形を増やしていきたいんですよね。
:なるほど。「大人向けの絵本」である『アライバル』を読んだ衝撃がそのモチベーションに繋がってるってことですね。
ということは、卒業後は出版系への就職などを考えているんでしょうか?
:そうですね。
出版業界は斜陽と言われることもありますが、「アート」の側面もある絵本であれば、電子書籍に代替されずに「もの」として存在する意味が強いのかなと想像していて。出版系でそういったことに携われればいいですね。
ただ、出版系で社会人としての経験を積んだあとは学校教育の世界に入りたいと思っています。
:学校教育、ですか?
:はい。
アートの世界が多くの人にとって遠いのって、もとを辿れば学校教育に行き着くと思うんです。鑑賞の授業って美術ではあんまりやらないじゃないですか。だから、なんとなく高尚に感じられちゃって美術館に行きづらい…なんてことはよくあると思うんですよね。
そのハードルを授業で乗り越えられたらなって。それこそ、絵本を身近な鑑賞題材として使ったらいろんな人に美術が開かれるんじゃないかと思っています。
:少し意地悪な質問かもしれませんが、学校教育では目の前の生徒に向き合うことに力を入れることになるので、たくさんの人にそういった思いを届けられなくなってしまう気がします。
:確かにそうですね。一般企業とか、美術館に関する会社で働くとか、学校教育よりもたくさんの人に思いを届ける方法はあると思います。
でも、大事なのは、そういう方法では「もともとアートが好きな人」しか相手にしにくいことなんです。アートに興味があって、金銭的にも時間的にも余裕がある人しかやってこない。
逆に、学校教育というのは半強制的だから、アートが好きになれない人にも魅力を伝えられる可能性があるんです。
:確かに…。本当にその通りですね。
近藤さんの将来像と絵本がはっきり結びついているのがわかって、本当にすごいなと思いました。
これからも頑張ってください!
:はい!こちらこそ、ありがとうございました。

編集後記

実は、副代表の多賀と近藤さんは中学の頃からの友人でした。
その頃から彼女の描く絵は大好きでしたが、こうして大学で芸術学を深めている彼女は一層芸術への愛を深めているように感じました。
来月から留学に行く僕自身にとっても、新たな環境に飛び込む勇気をくれるというこの本は必読の一冊になりそうです。
さて、インタビューから時は流れて、今では彼女は本屋余白の一員です。絵本への愛を、この本屋余白という場所でも余すところなく発揮してくれれば嬉しいな、と思います!






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