ゲームだって優しい世界をつくれる

ゲームをやり過ぎていた僕

僕は幼い頃にゲームのやりすぎでしょっちゅう親に怒られてついには呆れられたりしていた少年でした。父も母もゲーム好きじゃないし、なんなら僕の勉強する時間が減るわ家にこもってばかりになるわで、「ゲームは良くないもの」だと両親に植え付けさせてしまった張本人でもあります。なんなら家族で旅行に連れて行ってもらっても全然楽しくなくてその間ずっとゲームしてた。両親にもおばあちゃんにもただただがっかりされたというのを覚えている。まあ今思い返せばとんでもなく、どうしようもないがきんちょだったと普通に思う。

今の僕のひねくれた性格と腐った根性は「幼少期のゲームのせいだ」なんて言われたこともあります。そう言いたくなる気持ちもまあ分かる。どうしようもない子供にはそのパーソナリティを形成させてしまった原因をモノにあてがいたいんだろう。

なぜゲームに悲観的になるのか

僕は教育関係の活動を多少なりともしていたことがあって、ちらほら知り合う親御さんの話を聞くと、僕みたいな家庭は多いのでは?と思うことはよくあります。保護者目線でいくとやっぱり世間的に「ゲームは良くないもの」という風潮がまだまだ強いのではないでしょうか。

個人的に今の保護者世代がゲームに対して悲観的になってしまうのは仮説的に以下のいくつかの理由だと考えている。

・子供が勉強する時間が減るから
・部屋に引きこもって遊んでるのがなんか健全じゃなさそうで心配だから
・パーソナリティ形成に悪影響がありそうだから
・自分が幼少期ゲームをしなかったのでその楽しさを受け入れられないから

これ以外にもあるかもしれないが、どれもこれも、もし僕に子供ができたとしたらゲームに対して悲観的になるには十分な理由だとは納得できる。押し付けがましいことは到底できないが、だが少なからずどこかで自分の子供には頭がよくなって欲しいし、たくさん仲間ができて欲しいし、優しいパーソナリティを持って欲しいし、自分にとって理解できるものの範疇で子供に遊んで欲しいものだと願うものだろう。

ゲームは仲間づくりには最強の遊びだ

一方で、ゲームは誰かと一緒に楽しい時間を過ごし、仲間を作る遊びになりうることも間違いないはずです。それに、同じ時間同じ場所でゲームをやらなくても過去に同じゲームをやっていた経験が初対面の人と仲良くなるきっかけになることだってはずだ。

僕の友人でオンラインのゲームを通じて知り合った人といま一緒に仕事をしているという人もいます。ゲームが好きだったおかげで不登校だったとこから仲間ができて、学校にくるようになったという話もある。マッチングアプリ で共通の好きなゲームをきっかけに出会って付き合い、結婚するカップルもいるかもしれない。

僕も幼少期、家にゲームがあったから友達を家に呼べたし、ゲームがあったから友達の家に遊びに行ってた。大人になっても、昔やってたゲームの話は初対面でも盛り上がる。任天堂の64なんて僕の世代でなかなか持っている人なんて会わないけど、同じドンキーコングのゲームをやっていたという奴はやっぱりすぐに仲良くなれる。もはや有名なゲームだけでもやっていることは教養なのではと思うことさえある。

ゲームは間違いなく仲間を作るきっかけになる。そして大好きなゲームで知り合った人が、一生涯の仲間になるかもしれない。本当にそうなったら、それってすごく良いことじゃないですか?

ゲームしている子供を独りにするな

僕が偉そうに言うことでも、今更言うことでもないけど、やっぱり自分が安心できる友達とか仲間とかって大事です。
サマーウォーズのおばあちゃんも「いけないのはお腹が空いていることと、独りでいることだ」って言ってました。その通りだと思います。
ゲームは友達作りには最強の遊びだってこと、決して悪いもんでもないとポジティブに捉えられることがもっと広まればいいなあと考えてます。それにゲームが強いことは子供の中ではヒーローです。

幼少期の僕は友達とはよくゲームをしてましたが、やっぱり父や母ともゲームはしたかったのかもしれません。9歳年下の妹が産まれるまで一人っ子だった僕にとって、親とゲームできる家庭が正直羨ましかった。家族の中で自分が好きだったものを否定されたり理解されなかったりするのは、まだ幼い僕にとって独りでいることに近い感覚があったのかもしれません。ゲーム嫌いの保護者さんもまあ堅いこと言わずに一回くらいはお子さんと一緒にやってみてはいかがでしょうか。案外親としてのメンツを気にしていたり、ただ食わず嫌いなだけだったりしていることだってあると思います。それに子供とは仲良くできた方が楽しいでしょう。

ちなみにゲームを否定された僕が中学生の時にとった行動は、親に隠れて自分のお年玉とかで貯めてたお金からこっそり中古のPSPとかDSとかを買ったことだ。そのせいで何が起きたかというと、親に買ったことがバレたくないから必然と一人になる時間を増やしたということだ。部屋にこもってゲームしたり、地区センターに行って友達とゲームしたりしてた。そのせいで家族との距離も当然離れていった。まあ今思えばやっぱりどうしようもないバカな子供なんですけどね笑

ゲームの開発者だって、みんながみんな子供の勉強する時間を奪いたくて、お金を稼ぎたくて、子供たちを孤独にさせようとしてゲームをつくっているわけじゃない。またお茶の間にみんなで集まって楽しんでもらいたくて、仲間と一緒に楽しい時間を共有してもらいたくてゲームを開発している人だっている。そんな想いに騙されたと思って乗っかってみよう。

この前見つけた鬼頭雅英さん(@kito_mas)というゲームディレクターの方のツイートに非常に感銘を受けたので引用させていただきます。

「ゲームなんて価値がない」に対し「役に立つゲームもあるんですよ」とか「芸術的に認められたゲーム/感動できるゲームもあるんですよ」とかいう反論も分かるのだが、そもそも私は「役に立たなくても芸術じゃなくても人生において楽しいと感じる時間を増やせるならそれは価値がある」と言いたい。

詳しく話し始めたらキリがないので割愛ですが、幸せとはなんだろうか、なんのための人生なのかという問いは極めてシンプルな答えなのかもしれないですね。

遊びのリデザインをする

さて、ここまでゲームの良いところ、悪いところを述べてきたわけで、じゃあどうしようかという話。

ゲームがあった上でどう遊ぶかという時間や場所や空気感のリデザインが必要だと僕は考える。基本ゲームは一人でやってもいい。でもずっと一人は良くないから、たまにはみんなでやろうよと。大人もそう。ゲームを否定する前にまずは子供と一緒にやってみる。ゲームが強い大人は子供から見たら素直にカッコいいし、尊敬する。その信頼関係を築いた上でゲームの制限とかルールを決めていけるようにすればいい。

2018/9/30(日)開催 たまにはみんなでゲームしようぜ

↑きっかけは色々あるが、僕もイベントをつくってみたのでぜひきてほしい。特にゲームのせいで関係がねじれてしまっている親子、学校にいろんな事情があっていけてないけどゲームは好きな子、友人関係に悩んでいる子、ぜひきてほしい。別に特に悩んでないけど純粋にゲーム好きな子もきてほしい。優秀だけどゲームが好きな大学生だってくる。ゲームが強いお母さんもくる。大人も子供も、たまにはみんなでゲームして楽しもうよと。

結論

・ゲームは仲間づくりには最強の遊びであること
・ゲームの遊び方のリデザインが必要。ゲームを一人でしか楽しめてない人たちの為に、ゲームを一緒に楽しめる仲間を見つける場所があったほうがいい。
・親もたまには一緒にゲームをしてあげよう。そしてゲームが大好きな子供を否定しないであげてほしい。

僕はゲームしているおかげでどんどん仲間が増えていく子供の姿が見たいし、可能なら生涯の友に出会えるきっかけになってほしい。さらにはいい歳した大人と小学生が全力でゲームして、くだらないけど勝った負けたでゲラゲラ笑いあっている世界を僕はつくりたい。

どうですか?想像してみてください。そんなに悪い世界じゃないと思います。だから僕は声を大にして言う。「ゲームだって優しい世界はつくれる」



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ほんざん

#ゲーム 記事まとめ

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コメント4件

趣味:サッカー/読書/ゲームみたいに、それぞれ好きな人同士なら世代を超えて仲良くなれる良いツールなような。やりすぎてご飯食べない、とかは困るけどね。
今回書いたのはゲームに悪い印象ばかりついて欲しくないってことだけで、やり過ぎも良くないとも思っているのでそこを親子や友人間のコミュニケーションデザインでどう解決するかということも考えたいですねー
それなら、やってもらうのが分かりやすいかもね。父は全くゲームしなかったけど、母はマリオとかはやってたから、そこまで言われなかったような。(うろ覚え)一緒に64でマリパやったりもしたし。アドバンスは3台(母・姉・私)あった。
兄・姉や親と一緒にゲームをやって、一緒にゲームをやめる時間を決める、とかは何かしら意味が作れそうかなーとか思ったりもします🙆‍♂️
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