鬼の子
その赤子
母の乳房に吸い付けず
母は気病みて
鬱に伏す
家に残れるてて親は
他家を廻りて
貰い乳
気の善いをみな等
赤子にも
吾が児と隔てず
乳与う
育て育てと乳与う
後に生れたる
鬼の子ひとり
鬱より戻りし母親に
背に赤子を括られる
お前が背負えと括られる
この家に生まれたをなご故
母も背負えと絡みつく
それが運命と絡みつく
地を這うように鬼の子は
空も仰がず鬼の子は
赤子をあやし母の手引きて
逆風すさぶ荒野ゆく
母との別れも鬼の子に
ひとつの救いも齎さず
年経て赤子は病を得
ふつりと黙し泪を流す
おそるおそると鬼の子は
赤子を背より降ろしたり
縛り続けたおぶひもを
肩に食込むその爪を
腰に纏わるその脚を
血に染まりつつ剥がしたり
痛みに悶えて剥がしたり
黙す赤子の瞳を覗き
その真実を探したり
やがて赤子の双眸に
もはや光は消え失せて
戻らぬことを悟りたり
軽き背中に狼狽えて
血濡れた我が身を掻き抱く
哭くでなく
安堵もなくて
ただ茫と
さやかな風が頬撫ずる
ぽつりと小さき雨の粒
鬼の子初めて空仰ぐ
天空より零るる雨のうた
生けるも功徳
死ぬるも功徳
儚くありとも自在たれ
温とい雨に鬼の子の
胸に願いが芽吹きたり
腰の刀でかちかちと
火花を起こし扇にて
そっとあおぎて火に育て
やがて紅蓮の渦を成し
その只中に立ちたいと
いつかこの身に炎を纏い
己の舞を舞い切りたいと
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