比較が「スキ」を生む

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一目ぼれできる人は、幸せなんだろうなあっていつも思っていました。

ひとつは、自分にはない感覚だから。わたしの中で異性のルックスは選択基準としてはほとんど意味をなしてないので。と言っても別に「女性は中身が大事」とか言い切るつもりもなく「見かけじゃわからないもんなー」と思っているだけなのですが。

なので、単純に自分にない感覚は「その視点から見た世界はどうなんだろう」って興味がわきます。

もうひとつの理由は、一直線だからです。見た瞬間にびびっと来るんですよね。それは迷いがないということなんでしょうね。迷いとは比較。くらべること。

基本的に日本の社会では「n股」をかけることはタブーです。要するに人間のクズ認定される行いですから、何人かの人に同時に恋心を抱いてしまっても、やがて選択しなくてはいけない。

人がいちばんいい意味で「モテる」のはたぶん、「自分が相手を求めた時に相手に困らない」ということだと思うのですが、そんな人は当然一握りの別の種族。ここではないどこかの人たち。

つまり恋愛線上である選択をしてうまくいかなかった場合、次の機会があるかどうかはもうわからないわけですから、その選択には一定数の重みがかかります。

しかしまあ、だからこそ盛り上がることってあるんじゃないですか。

今はケーキを一つしか食べられない。その目の前のケーキが一種類しかなければ、それはそれなりに美味しくいただけるでしょうが、何種類もある中でたった一つを選んだとしたら、「ありがたみ」みたいなのが加わってもっと美味しく感じるのではないでしょうか。

さらに言うと、目の前にあるモノや人を選択肢扱いすることではじめて生まれてくる「好き」という感情があるのではないか。

モンブランとガトーショコラ、どちらもよく食べてはいたけれど、どっちの方が好きという気持ちはあまりなかった。でも、目の前に並べて選ばされてはっきりわかった。自分はガトーショコラをこそ、愛しているのだ・・・・。

この感情にはおぼえがあります。

私が、今の彼女が気になり始めたきっかけがそんな感じだったんですよね。ちょこっと書いてみます。

気がつけばもう20年以上彼女と付き合っています。

出会った当時お互い大学生で、高校卒業まで家庭環境にディープな案件をいくつも抱えていた私は、その頃はまだ非常に根強い人間不信を引きずっていて「恋愛なんて、人生に要らない」と真剣に考えていました。

そんな私がなぜ恋愛をすることに?

一浪の私と現役の彼女は、同い年でしたが先輩後輩の関係でもありました。そして、ただそれだけの関係だったはずなのですが、ふたりともとあるサークルに所属していて、その中でさらに細かく分かれている数人ずつのグループで一緒になったんですよ。

構成メンバーの属性は、4年生(女)1、3年生(男)2、3年生(女)1、そして2年生(男)1の私という計5人。3年生(女)が彼女ですね。

で、ある日のこと。夜に車で3年生(男)の先輩ふたりに連れられてドライヴに行ったんですよ。その時に雑談みたいな感じで、

「でさ、シラオはKちゃん(4年生女)かNちゃん(3年生女)、どっちがいいのよ」

って質問されたんです。どういうつもりで先輩男子ふたりがこれを訊いたのか未だにわからないです。かなり面食らいました。

でも、この時に質問に出てきたグループの女性ふたりを律儀に頭に想い描いて、妙にNちゃん先輩のほうが気になったんですね。

それは、まだ「好き」という感情ではなかったのかも知れないですけど「そういう対象」としてアリかナシかという区別のラインは、この時はっきり引かれたと思います。

同時に、身の周りの女性に対してそういう線引きをして見たことがなかった当時の自分にとってそれは、恋愛の芽を意識させる出来事でした。ある種後ろめたい行為でもありました。想像の中で勝手に人を区別するのですから。

でも、それ以来Nちゃん先輩に会うたびに、その一挙手一投足が気になるようになってしまったんです。

これって、まさに「選ばされることで生まれた恋」ですよね。きっとあの日、先輩ふたりに「どっち?」って言われなければ、Nちゃん先輩はいつまでもただの先輩でしかなかったのかもしれません。

いずれにせよ、うっすら意識するようになってNちゃん先輩を注視していく中で「この人としっかりいろんな話をしてみたい」と思うようになり、もともと何とも思っていなかったはずなのに顔とかもかわいく見えてきて・・・・という感じでだんだん「これが好きという気持ちなのか」と自分にもはっきりわかるようになりました。

人はきっと、目の前の「いくつか」に対して無意識に「これは好き、これはそうでもない、これ嫌い」みたいな感じでゾーニングをしているのだと思います。でも、それを自覚はしていない。

で、実際になんらかの必要に駆られて「選ぶ」際に、その無意識下の感情に気づくんですね。潜水艦がツ~~~っと水面に浮きあがってくるような感じでしょうか。

このことがあってから、目の前に何かの選択肢が立ちはだかった時はいつも、脳内で「こっち、こっち!」って言ってるほうを迷わず選ぶように努めています。だってそれは恋だから。理屈じゃないんだ。

このコラムは投げ銭制です。応援してくださった方はこの先の「こんな麺類のお店、流行るんでは」というオマケをお読みいただけます。「どの麺類を選ぶ?」という意味では、内容的に続きになっています。よろしくお願いいたします。

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