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スワヴェク・ヤスクウケとその海の住人たち

ポーランドのジャズ・ピアニストSławek Jaskułke スワヴェク・ヤスクウケのソロ・アルバム『Sea』の国内盤が3/23にCore Portからリリースされ、なかなか良い売り上げを記録しているようです。また、SNSを中心に好評をいただいております。

実は本作、NHK大河ドラマ『八重の桜』の音楽でも知られる作曲家・ピアニストの中島ノブユキさんの推薦コメントもいただいており、中島さんファンにも必聴の作品となっております。

で、なぜこんなに私が激推ししているかと言いますと、ライナーを書いているからなんですね(笑)。宣伝すみません。個人的にも、ずっと国内盤になればいいなあと思っていた作品なので、今回のリリースはとても嬉しいのです。

mikiki(執筆オラシオ:intoxicate掲載記事のウェブ版)やwebダカーポ(執筆Core Port高木洋司さん)に参考レヴューあります!

さて、そのわたくし執筆のライナーである程度は書いているとは言え、スワヴェクがどんな人で、どんなキャリアを積んできたのかよくわからないという人はたくさんいらっしゃるでしょう。今回は、彼が今までやってきた仕事とともに、そこで関わった他のミュージシャンについて紹介し、彼と、彼が生きる現代のポーランドの音楽シーンを知っていただこうと思います。

ピアノ王国ポーランドきっての独奏者(ゼロ年代後半~現在)
まずはスワヴェクの現在の顔を。最新作『Sea』と前作『Moments』は、近年盛んに言及され、聴かれている世界中のピアノ・ソロものの中でもきわめつけの傑作と言って良いと思います。ブラッド・メルドーアンドレ・メーマリチリー・ゴンザレスなどすでに評価の高いソロイストにくらべても遜色のない才能です。実は彼がソロ作を出すのは『Sea』でまだ3枚目。アルバムごとに見せる姿が違うという点もポイントかと。とりあえずまずは大傑作SeaとMomentsから1曲ずつ。

この2作からの他のトラックは、こちらの記事でも試聴できます!それでは、ここに至るまでのスワヴェクの音楽遍歴を辿ってみましょう!

Pink Freud ピンク・フロイト(ゼロ年代前半)
日本にも何度か来日しているエレクトロ・パンク・ジャズ・ユニット。リーダーはベーシストのヴォイテク・マゾレフスキ Wojtek Mazolewskiです。今はピアニストとしての印象が強いスワヴェクですが、実はゼロ年代前半の初期ピンクのサポート・メンバーとしてキーボードをガンガン弾いていました。De De Mouseのサポートで今を時めくジャズ作曲家、挾間美帆がシンセ弾いてたようなものだと思ってください。スワヴェク脱退後、ピンクは時々メンバーを替えながら活動を続け、最近Autechre オウテカのカヴァーアルバムを発表して話題になっています。

ピョトル・レマンチク Piotr Lemańczyk(ゼロ年代前半)
ヤスクウケがキャリアの初期に行動を共にしていたベーシスト。凄腕ベーシスト揃いのポーランドの中でもひときわパワフルな音色とマッチョなテクニックを誇る人で、ウェブサイトのProjectsを見てもわかるようにDavid KikoskiSeamus Blake、Jerry Bergonzi、Colin Stranahanらアメリカのスタープレイヤーたちとのプロジェクトも数多く並行して活動するエネルギッシュなアーティストです。ヤスクウケとレマンチクは、ゼロ年代前半のヤスクウケ・トリオの前からの付き合いで、トリオの前はOrange Traneというフュージョン・バンドをやっていました。それでは、初期トリオ時代と、レマンチクの最近の作品から1曲ずつどうぞ。

Zbigniew Namysłowski ズビグニェフ・ナミスウォフスキ(99年~現在)
映画音楽で知られる伝説的な作曲家Krzysztof Komeda クシシュトフ・コメダや、ECMでの作品を中心に世界で活躍するTomasz Stańko トマシュ・スタンコと並ぶポーランド・ジャズ史上最高のミュージシャン。通称「ナミさん」。アルト・サックスがメイン楽器ですが、フルートやピアノ、チェロ、トロンボーンも演奏します。実は、私がポーランドのジャズにハマったのは彼の音楽に出合ったからなんですね。ポーランドおよびその周辺の民俗音楽とジャズを融合させたプログレッシヴでユーモラスな音楽性で、ものすごく個性的サウンドです。
ポーランドの音楽関係者の誰もが「彼こそがもっともポーランド人らしいコンポーザーだ!」と言うんですよ。一昨年ポーランド行った時に「なんでポーランドのジャズを聴くようになったんだ?」と訊かれるたび「ナミさんの音楽を聴いたから」と答えたら、みんな「わかってるじゃねえか!」と言ってくれました(笑) この偉大なるナミさんとスワヴェクの出会いについては、ぜひ国内盤のライナーをお読みくださいと言うにとどめるとして、とりあえず彼は今ナミさんバンドの正ピアニストなんです。というわけで、スワヴェクがピアノのライヴと、ナミさんのファーストアルバムから1曲ずつ。

ポーランド語の読み方 ひとくちコラム
みなさん、スワヴェクの名前のつづりSławek Jaskułkeを見て「スラウェク・ジャスクルケ」じゃないの?とか「スタヴェク・ヤスクトケ」では?と思った方も多いと思うんです。ポーランド語間違いあるあるで一番多いのがŁについてのもの。まずWは英語のSwallowみたいにワ行じゃなくてヴァ行なんです。だからweヴェなんですね。あと語尾にある時は「フ」になります。で問題はŁ。これ、小文字にするとłになりますよね。で、Tの小文字「t」と勘違いするパターンが多いようです。ポーランド語独特の記号付きアルファベットで、形としてはLに短い斜め線が入ったもの。読み方はこちらがワ行なんです。単体では「ウ」です。łałoウォになります。なので、Namysłowskiはナミスウォフスキだし、Jaskułkeはヤスクケなんです。

I Love Gdańsk アイ・ラヴ・グダンスク(2005年)
スワヴェクの転機となった、バルト海沿岸の大都市グダンスクのPRキャンペーンのために嘱託された音楽がこちら。チェンバー・ストリングスにピアノ・トリオ、女性のラップがミクスチャーされた非常に刺激的なサウンドです。この時の音楽はアルバム『Fill The Harmony Philharmonics』として残されています。この作品以後、スワヴェクは一皮むけるんです。

Olo Walicki オロ・ヴァリツキ(10年代前半)
スワヴェクが入る前に、上記ナミスウォフスキのバンドで活躍していたベーシスト。90年代前半から10年間ほど活動したウォスコト Łoskotという当時のシーンを代表するアヴァンなジャム・ジャズ・バンドのメンバーでもありました。ナミさんバンド卒業生は例外なく天才ばかりなのですが、このヴァリツキは中でもきわめつけの変態。バルト海沿岸部に住むカシューブ人の伝統音楽の要素を取り込んだポスト・ロック・バンドKaszëbëのサウンドは強烈です。また、映画や演劇のための音楽制作もやっていて、スワヴェクはサントラ『EWA』に参加しています。

ここまで出てきたミュージシャンのうち、ナミさん以外はグダンスクを活動拠点としている人ばかり。ポーランドは都市ごとに独自のシーンと人脈があるのです。海をテーマにした『Sea』が作られたバックグラウンドが、なんとなく見えてきませんか。

Wacław Zimpel ヴァツワフ・ジンペル(10年代前半)
そのヴァリツキのサウンドトラック『EWA』で共演していたのが、クラリネット奏者のジンペル。イケメン内橋和久さんプロデュースのポラ日両国共演型インプロ・ライヴ・プロジェクト「今ポーランドが面白い」(通称今ポラ)で2013年に来日しています。彼はいま、ジャンルを超えたあらゆるポーランド音楽の中でもっともこれからを期待されている人じゃないかと思います。よく使うアルト・クラリネットでは、もはや世界的なマエストロではないかと。インドやパキスタンをはじめとしたアジアの民俗音楽の研究者でもあります。フリージャズや現代音楽の要素を取り込んだラージ・アンサンブルから民俗風インプロバンドまで、その活動は多岐に渡ります。つい最近出した独り多重録音アルバム『Lines』がほんとうにヤバかったので1曲聴いてください。

Wojciech Staroniewicz ヴォイチェフ・スタロニェヴィチ(ゼロ年代後半~10年代前半)
スワヴェクより少し先輩格のサックス奏者。最近はアフリカ音楽のリズムを取入れた5サックスやヴィブラフォン入りスモール・ラージ・コンボのユニットなどを中心にやっていますが、スワヴェクがメンバーだった頃のバンド・サウンドはかなり刺激的なサウンドでした。つい先日来日していたスーパースターLeszek Możdżer レシェク・モジジェルと曲によってピアノを分け合ったアルバム『Alternations』はオススメ。

「ピアノ5台のためのショパン」プロジェクトの仲間たち(10年代前半)
スワヴェクが企画した、若手ピアニスト5人でショパンの作品を弾くというポスト・クラシカルなプロジェクトがありました。上海にも来たらしいですよ。で、そこに参加したメンバーがすごいので、そちらもご紹介。

Piotr Wyleżoł ピョトル・ヴィレジョウ
ヨーロピアンなピアノ・トリオにコンテンポラリーなクィンテット、スワヴェクと同様のハイ・クォリティなピアノ・ソロに、現代音楽のルトスワフスキのカヴァー三重奏チェンバー・ジャズなど多方面に大活躍の人気者。スワヴェクとはDuodramというピアノデュオもやっていて大の仲良し。あの世界的ヴァイオリニストNigel Kennedy(奥さんがポーランド人)のバンドメンバーだったことでも有名です。

Paweł Kaczmarczyk パヴェウ・カチュマルチク
若手世代きってのトンガリピアニスト。ポーランドのピアニストの中で、ポスト・ロック的な影響を一番露わにしているのが彼かも。ドイツのACTからのリリースで一躍脚光を浴びました。ジャズやソウル、ファンクなどの偉大なミュージシャンのカヴァーだけを一晩でひとりずつ採り上げるライヴ・シリーズ「Directions in Music」は一大ロング・ランとなっています。

Joanna Duda ヨアンナ・ドゥダ
もう何度か来日している、おなじみモヒカン頭の女子ピアニスト。ルックスはなんかヤバい感じですが、素顔はものすごくキュートな女性です。音楽性はがっつりエレクトロニカやヒップホップ寄りですが、現代音楽系の高い作曲教育も受けていて前衛舞踊の伴奏をしたり、非常に振り幅が広いピアニスト。昨年秋に来日したポーランドのメリアナJ=J(ジェイ・イコール・ジェイ)の演奏も強烈でした。

Katarzyna Borek カタジナ・ボレク
ポーランドのクラシック・シーンの中でも、エレクトロニクスと共演したり、上のヨアンナとフランス印象派の曲を演奏するピアノ・デュオを組んだり、アグレッシヴなスタイルで注目を集めている人。ショパン・コンクール優勝者のラファウ・ブレハチとふたりで録音曲を分け合うアルバムを出したりもしてて、日本では知っている人が少なくてもかなりの実力者かと。

最後に、スワヴェクのもうひとつの顔のピアノ・トリオをご紹介。
彼のトリオは端正な美音系ドラマーが多いポーランドにおいて異彩を放つポリリズミック・ドラマーKrzysztof Dziedzic クシシュトフ・ヂェヂツによるところが大きいです。ドラムンベースポスト・ロックE.S.T.あたりが好きなファンにはガツンとくるサウンド。ファーストの『Sugarfree』は不良っぽいグルーヴがたまらない一枚です。ちょっと前のスワヴェクは、こういうイメージだったんですけどねえ。やっぱりポーランドの音楽家はサウンドの幅が広いです。それでは、まだスワヴェクがやんちゃな頃のライヴ(ベースがトラでオロ・ヴァリツキに!)と最新作『ON』から1曲ずつ。

というわけでした。スワヴェクもいろんな音楽をやってきていて、同時にものすごく多彩なカラーの仲間たちに囲まれているんです。この「ミクスチャー」感覚は、そのままポーランドの音楽シーンの魅力そのものなんです。本記事が『Sea』に惹かれてポーランドの音楽に興味を持たれた方への一助になれば幸いです。

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