彼女に捨てられた。さて、どうしよう#1

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前説

このお話はフィクションです。私は彼女に捨てられてません(笑)。でも、実際に彼女に捨てられたらどうなるのか、具体的に考えてみたという意味ではノンフィクションにも近いかもです。

ちなみに、ここで「僕」が置かれている状況にはいくつも現実とは変えてある部分がありますが、リアルもおおむね似たようなものなので(笑)、もし自分のことだったらどうするかを考えながらお読みいただくと幸いです。

Part 1

20年以上付き合っていた彼女に突然捨てられた。

たまたま言わなかっただけなのに、僕が女友達と飲んだことを伝えていなかったのが逆鱗に触れたらしい。これまでそういう時は必ず言ってきたから、気が緩んでいたのだ。僕にとっては大した意味がなくても、ここは踏んではいけない彼女の地雷原だった。

まあ、捨てられた理由はもういい。ともかく、僕は今彼女と一緒に暮らしているこのアパートを数日以内に引き払わなければいけない。

去年の3月で、それまで兼業で働いていた図書館スタッフの仕事の契約更新をストップされた。失業したけれど、いいきっかけなので掛け持ちでやっていた音楽ライターのほうで独立することにした。

ちょこちょこコンスタントにもらえる仕事はあるものの、時々現れるデカい仕事と併せても、収入は激減。平均して月々3万~5万くらいしか稼げない。そもそも、兼業図書館員時代も、ちょこっとライター+週3~4勤務で、交通費支給なし、賞与なしで手取り10万いくかいかないかだった。

時給750円で何年働いても昇給もないのだから、当たり前だ。

今のアパートの家賃は6万5千円。全部彼女が払っている。借主名義も彼女で、不動産屋に提出する契約書では、僕はただの同居人ということになっている。

実際、家賃だけじゃなくて、僕が今の生活をしている中で自分自身で支払っているものはあまりない。ケータイ利用料金とネットのためのWimaxに、このアパートの給湯とストーヴのシステムのための灯油代。これだけだ。

いつも周りに自虐的に言って引かれているけど「半分ヒモ状態」なのだ。彼女の人並みの収入がないと、僕は生きていけなかったのだ。

そしてもうひとつ懸案事項が。僕にはずっと抱えている借金がある。東京でアパートの契約を更新するために借りたのがきっかけで、以後借りては返し、返しては借りの繰り返しでくすぶり、ふくらんできた銀行系のサラ金が数十万。

その返済を併せたら、僕の独立後の収入はいつもすべて消えてしまう。だから今の状態ではすぐ違う場所で生きていくことはできない。のたれ死ぬ。

だから、捨てられた今、何とか「これから今すぐ暮らして行く道」を僕は考え出さなきゃいけない。新しく仕事も探さなきゃ。広瀬正の傑作SF『マイナス・ゼロ』の主人公、浜田俊夫が昭和9年に行った時の心境と同じ。緻密に、冷静にサバイブしなきゃいけない。

とりあえず、紙に書いて「同じ家の中で寝るのも嫌なので、今すぐ出ていってください。3日後に、持って行ける荷物は全部持っていって。残ったものはすべて捨てます。鍵もその後付け替えます」と彼女に宣告された。紙を手渡された時も、彼女は顔を背けたまま。

今日寝るところから探さなくてはいけない。

今、手元に現金が1万7千円くらいある。銀行の口座には確か5千円くらい残っていたかも。街のホテルに3日くらいなら泊まれる。

節約してネットカフェで現代難民といきたいところだけど、市内にネットカフェは一ヵ所しかない。バスを乗り継いでしかいけないし。そこまでいって空きがなかったら目も当てられない。どうしようか。

そうだ、確か新町にウイークリーマンションもどきの激安ホテルがあったはずだ。そこの空きを確かめよう。

僕は友達が少ない。捨てられて行くところがないから匿ってくれと言って迎えてくれる友達は、たぶんひとりもいないと思う。みんな家庭持ちだし。

改めて、自分が彼女とふたりだけの閉じた世界で生きていたことを痛感する。

さて、部屋の荷物はどうしよう。

僕は車を持っていない。運転もできない。だから、持っていけるものなんて限られている。計何千枚も溜めこんだCDやレコードはどうしよう。ここを叩き出されたら、僕はライターとしての仕事用資料ともお別れしないといけない。

とにかくできる限り梱包して、実家に着払いで送ってしまおうか。

実家・・・・。

実家には帰りたくない。と言うか帰るスペースもない。両親は自己破産して今は狭い府営住宅住まい。そして何より、僕は実家のある大阪が嫌いだ。嫌いだから遠く離れた東京とかこの青森とかに住んでいるのだ。

それに、親とどんなに仲が良くても、絶対に一緒には住めない。これまで実家暮らしの知人や友人のことを「よくやるなあ」と半ば感心、半ばバカにしてたのだから。親のことは信頼しているし好きだけど、同じ空間で生きていたら絶対に衝突するし、憎悪が溜まる気がする。

とにかく「実家に帰る」という選択肢は僕にはない。なんとか独りで生き延びねば。

そのためにも手っ取り早くCDたちは金に換えてしまおう。生きるためだ。仕方ない。

そうだ。Disk Unionの宅配買取サービスがある。無料で発送できるし。この部屋を完全に出ていく3日後に集荷に来てもらうことにして、買い取り結果はメールで受け取る。かなりの量あるから、10~20万くらいにはなるだろう。それを元手に、次の部屋を借りられるかもしれない。

青森市は、県庁所在地ということもあって、家賃は常に強気価格だ。下手すれば車圏内の山奥のアパートしか借りられないということもあり得る。それは車のない僕には無期懲役に等しい環境だ。なんとか街なかかバス停近くの部屋が借りられるように不動産屋のホームページでチェックしないと。

でも、彼女と顔を合わせるのも気まずいので、いっそ他の街に引っ越してしまおうか。

まあとにかく。まずはこの家を即、出なければ。とりあえず持って行くものを忘れないようにしないと。

ノートパソコン、ケータイ、WimaxにiPod Touch、それらの充電器。財布にパスポート、保険証、各種銀行カードに通帳。持病でいつも飲んでる薬と、ついでに頭痛薬も一箱もらって行こう。あとは数日分の下着にシャツ。ズボンはとりあえず一本でいいや。

旧職場の青森市民図書館から借りていた本は、今日駅前に行ったら返そう。これからは、かつてイライラして見ていた、長時間滞在する常連利用者に、自分自身がなるのかもしれない。

いつも使っているカバンと、前に気仙沼で買った布製の赤いバッグにすべて入ってしまった。僕の荷物って、こんなもんなのか。

この家で眠ることも、もうない。20年間積み重ねてきた彼女との時間も、もう終わった。荷物の少なさも何もかも、あっけない。

3日後に帰ってくる時のプランを頭の端で考えつつ、玄関のドアをこれ以上ないくらいゆっくり閉めた。

彼女に捨てられたことは、これまでの僕に対する死刑宣告に等しい。ドアを閉めるまでの間に、死に向かう時の走馬灯のように、彼女との思い出が脳裏に映し出される。

もう、立ち去らなきゃいけない。前を向かなきゃいけない。でも、涙が出て動けなかった。

(続く)

この小説は投げ銭制のフィクションです。繰り返しますが、現実は彼女に捨てられていません(笑)。一種のシミュレーション型私小説です。面白いな、とか、続きが読みたい!と思った方は応援よろしくお願いいたします。

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彼女に捨てられた。さて、どうしよう#1

オラシオ

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オラシオ

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