憂鬱な正月 「元・離婚家庭の子」が親子断絶防止法について考えてみる

両親が離婚した子どもと元・親が定期的に交流できるように、という「親子断絶防止法」というのが成立しそうになっている。

「子どもが親に会う権利を保障しなくては」というのが建前らしい。しかし「専門家の提言」として、子どもは同居親の感情に合わせたり弁護士の言うことを鵜呑みにしたりする上、意見を迫ることは子どもの負担になるので子どもの意見表明を重視するべきではないという「法律事務所」のブログ記事が掲載されている。子の意見を尊重することは、その子にとって有害なのだそうだ。読んでいて、僕はすごく微妙な気持ちになった。

詳しくはコチラ↓のウェブサイトをお読みください。
親子断絶防止法 全国連絡会
http://oyako-law.org/

なぜそう感じたのか。法的なことをあれこれ言えるほどそちらの知識はないので、その昔両親が離婚した夫婦の子どもだった僕の苦い思い出を書くことで、その「なぜ」を考えてみたい。

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母が僕を連れて前の父の家を出たのは、僕が5歳の時だった。

幼少期のことどころか、今や高校時代の思い出すらも薄れかけている有様なのだけど、家を出た時のことはよくおぼえている。母と一緒に山の上の古いマンションの階段を降りて行くと、今の父になる男性が車の中で待っていた。実際は母と一緒に彼と何度か会っていたらしいのだが、とにかく当時の僕はその人にはじめて会ったと思ったようだ。

僕は「このお兄ちゃん、誰?」と訊いた。

大人ふたりはほんの少し黙った後「Yのお兄ちゃんやで」と答えた。Yは今の両親の名字だ。

この時まで約5年間、前の父と一緒にマンションの部屋で暮らしていたはずなのだが、全く記憶がない。全然楽しくなかったのだと思う。Yのお兄ちゃんがすごくいい人で、新しい家族として信頼できそうということもあってか、その後の僕は楽しく暮らしていたし、もう前の父とも会わなくて良いのだろうとちょっと期待していた。

きっと「今の楽しさ」に前の生活の記憶が上書きされてしまったのだろう。子どもの心のキャパシティーなんて、そんなものだ。

でもそうはならなかった。

母方の家族は、正月三が日のいずれかの日に、数個隣の市に住んでいる祖父母の家で親戚一同で集まるのがならわしになっていた。前の父のマンションを飛び出したその翌年の正月に、例年のように母の実家に行くと、当然のように前の父が来ていて、僕は内心、心臓の上を打たれたかのようにショックを受けた。

(どうして? この人はもう、僕のお父さんとちゃうはずやん?)

かわりに、新しい父は祖父母の家に入ることができず、親戚の宴が終わるのをずっと待っていた。携帯もメールもない時代のことだ。家を出てきた僕と母がわかるように、家からやや離れた川岸近くの定位置に車を停め、寒い冬の空の下で、父はずっと独りで待っていた。

前の父と顔を合わすのも嫌だったし、気まずさもありつつそれを受け容れた母や親戚たちも信じられなかったが、何より「僕の、優しい新しいお父さん」をみんなでそんな目に遭わせたことが許せなかった。

前の父が正月の宴にやってくる「定期訪問」は、それから数年続くことになる。毎年、新しい父は外でさびしく待っていた。一方で平然とやってきて、いつもと変わらない様子を見せる前の父を、幼心ながらも僕は激しく憎んだ。

前の父がなぜ「数年だけ」顔を見せたのか、その謎は後で解けた。母と彼は、数年間正式に離婚が成立していなかったのだ。つまり法的には二人はまだ夫婦で、僕と前の父もまだ親子だというわけだ。だから、前の父は家族の一員で、今の父はそうではない。父は子に会えるのが当然という理屈なのか。

しかし、それが何だと言うんだろう? 親同士の平等性を巡る駆け引きに、何で子どもの僕が担ぎ出されなきゃいけないんだろう? もうこの人に会うのは嫌なのに。

今、言語化すればそういうことになるけれど、その頃の子どもの僕には感情をもやもやさせることが精いっぱいだったと思う。その数年間、正月という「行事」は僕にはとても憂鬱なものだったし、今でも年を越す度にあの時のいらだちが頭をかすめる。僕にとって、正月は今も全然楽しいものではない。ちょっとしたトラウマになっているのかも。そんなストレスフルな状況にいる子どもは、果たして幸せなんだろうか。

僕が前の父を憎む理由はもうひとつある。彼は僕を籍から抜かなかった。母は数年後に離婚が成立して、無事新しい父と婚姻関係を結び、新しい名字のYになったけれど、僕は前の父の名字のSのままだった。

前の父は実は赤ん坊の時にS家夫婦に拾われた子どもで、S家にものすごく恩を感じているらしい。だから、S家の名前を絶やしたくないという理由からそうしたようだった。

気持ちは解る。でもそれはやはり親の勝手なわがままだと思う。当時も今も、子どもが家族の中で両親の名字とひとりだけ違う姓を持っているという例はそんなに多くない。離婚が「キズモノ」と言われていたような偏見まみれの時代に、僕のような境遇に立たされた子どもがコミュニティの中でどのような扱いを受けるか、前の父はまったく解っていなかった。

時には「捨て子やんけ」とクラス中の同級生に罵られ、意味もなく暴力をふるわれ、理解のあるふりをして同情だけされる。「不適切な関係」の末に産まれたもののように侮蔑のこもった目で見られる。そんなことは日常茶飯事だった。

そんな境遇に僕を放り出した前の父を、僕はさらに激しく憎んだ。拾ってくれたS夫婦の恩に報いるため? そんなんしらん。なぜ僕もYという名前になれるようにしてくれなかったの?

母と前の父との間に取り決めがあったのかどうかよくわからないが、僕は時々前の父に会いに行かされた。いわゆる「面会交流」だ。彼をひそかに憎んでいたし、会って楽しい人でもなかったので、その時間は僕にとってほんとうにしんどいものだった。僕は、前の父の親としての自己満足に付き合っていただけだ。

成長してくると、だんだん前の父の気持ちも想像できるようになってはきた。たぶん前の父には、なぜ母が離婚を持ち出したのかどうかすら理由がよく理解できなかったのだと思う。ある日突然別れを切り出され、たった一人の息子も奪われた。彼の人生の設計図は、そこで全て白紙に戻ってしまったのだろう。そして、その息子も何だか自分に懐いていないくらいはうすうす察していただろう。確かに気の毒な境遇ではある。

しかし、恋人の多くが別れを繰り返すように、夫婦や親子もまたしばし別れるものだ。子どもを作るつもりのない僕には、親が子に抱く愛情を皮膚感覚では理解できないけれど、そんな別れがあるのもまた人生じゃないのか。

どんな関係にも別れがあり得るのに、なぜ親と子という関係においてのみ親が一方的に「会える権利」を持ち出すのか、僕にはよくわからない。別れた恋人たちのうち一方が「元は恋人だったのだから、僕は元・恋人に会う権利を平等に持っているはずだ」とかいう理屈が通るだろうか?

しょーがないじゃん、僕たち3人は、そういう運命だったということじゃん。あきらめられないの? あきらめてよ、そのほうが僕は幸せなんだよ。

「元・親に、もう会いたくない!」と子どもが言って聞き入れられる権利は、離婚家族の話し合いの中で、一番隅っこに置かれているような気がする。その不平等感は、幼いころからおぼろげながらに感じていた。それは、親に養われている立場の者が不承不承受け容れなくてはならないものなんだろうか?

思い出話の最後にひとつだけ強調しておきたいことがある。僕は母から前の父の悪口をほとんど聞いたことがない。どちらかと言うと母は「結婚相手としては合わなかったが、人物としては今でも尊敬しているところが多い」とよく僕に話して聞かせた。また、自分の身勝手さもよくわかっているようで新しい父ともども「ずっとSさんには申し訳ない気持ちでいた。殺されても文句は言えないとさえ思っている」とも言っていた。

母と新しい父が背負った罪の重荷と、それゆえに新しい生活に抱いた前向きな希望を、僕はよくわかっているつもりだ。

数年前に「もう高齢だし、死んだあとのことも少しは話しておきたい」と言う前の父にひさしぶりに会ったが、別れた頃の母の行いをまだ罵っていたし、さらにその数年前に新しく結婚した奥さんのことを「お母さんと呼んでもええんやぞ」などと僕に言い、無理解は相変わらずだった。その会合の数時間も、子どものころと変わらずしんどかった。

(ちょっと気の毒だと思って会いに来たけど、やっぱりできるだけかかわりたくないな、この人とは)

適当に前の父の話に相槌を打ちながら、僕は何度もその思いを噛みしめていた。

子どもを連れた側の親が、元・配偶者のことを何も悪く言わなくても、DVなどのひどい目に遭っているのでなくても、その子が元・親のことを憎んだり、会いたくないと強く願ったりということは、ままあるのだと僕は思っている。僕の例は、きっとレアケースではないはずだ。

▼▼▼

さて、思い出話はここで終わらせる。

親子断絶防止法は、親のうち一方が配偶者に黙って子どもを連れ去り、その後その元・配偶者に一切子どもを面会させないという「断絶」を何とかしたいということから提案されているようだ。そして、両親ともに会える環境は「子どもの権利」なのだということらしい。

最初にリンクを貼った「親子断絶防止法 全国連絡会」のホームページで「親子断絶の実態」というコンテンツがあり、そこにいろいろグラフが掲載されているのだけれど、これは「連れ去りがあった。子どもに会わせて欲しい。子どもも自分に会いたいはずだ。それが子どもの幸せなのだ」と信じて連絡会に入会した会員104名に対してのみ行われたアンケートをもとにしており、離婚家庭全体の実態ではないし、対象にバイアスがかかっている。

「連れ去られた!」と感じている会員が「うちの場合は連れ去りではない」とか「子どもが会いたくないと言うならしょうがない」と答えるはずがない。

もうひとつ気になるのは、連れ去った側の親に「なぜ連れ去ったの?」という理由を訊かなければちゃんとした現状把握にならないということだろう。このコンテンツにあるのは、ほぼすべて「連れ去られた側の現状認識」だけだ。連れ去った親にも、連れ去られた子どもにも何も訊いていない。

これは、何としてでもこの法案を通さなければならないという根拠にはならない。

僕が親子断絶防止法で危険だなあと感じるのはここなのだ。仮に「連れ去り」と判断される事例があったとして、夫、妻、子の3者が当事者になるだろう。しかし、この法案の中には夫か妻のうち去られた側の一方だけ、つまり必要な情報のたった3分の1の視点から見た世界しか含まれていないのだ。

配偶者も子どももすでに自分を愛してないとしても、DVを行っているとしても、視点が3分の1のみだとそうした現実は決して見えてこないだろう。だって、その3分の1の人はそんなの認めたくないのだから。

それは、根拠ではなく願望だ。願望を抱くこと自体は、人間だからしょうがない。未だ子どもを愛していて、恋い焦がれるのもいいだろう。しかし、それを叶えることが「権利の保障」ではない。その保障の陰でもう一方の「会いたくない」「もう殴られたくない」という権利が失われてしまう。

そもそも、理由もなくいきなり連れ去るなんてことがそんなに頻繁にあるのだろうか? 連れ去った側の言い分もあるのではないだろうか? その言い分がDV被害などである場合はなおさら考慮すべきだろう。

小学生の頃、けっこう仲良くしていた近所の家族がいた。子どもは娘がひとり。僕の数歳年下の子だった。傍目には円満な親子に見えた。しかし当事者(特に妻)にとっては違ったのだろう。ある日妻が夫に離婚を持ち出したところ、彼は普段の優しい態度から豹変して激昂、彼女をボコボコに殴ったのだそうだ。妻は顔を2倍くらいの大きさに腫らしたまま、娘を連れてすぐに家を出たという。

その後、その夫婦がどうなったか知らない。僕もそれから数年後、うちがその街から引っ越した後に母からその話を聴いただけだ。しかしこれもたった一夜のDVを除いて見たら「離婚も成立していない夫婦の妻が黙って娘を連れ去った」と捉えられかねないだろう。夫がその夜の暴行を認めず、かつ「嫁が勝手に娘を連れ去った」「娘は俺に会いたいはずだ。会えなきゃかわいそうだ」と主張すれば、どうなのか。

夫からしか事情を聴いていない人は、きっと「連れ去りじゃないのか」と思うことだろう。それは3分の1の視点しか与えられていないからだ。妻側の、子ども側の話も聴かなければ、それは単なる想像でしかない。

ただ、子どものヒアリングはなかなか困難を伴うことも確かだ。損得の判断基準になる「自己」も形成途中だし、言語化が上手な子も下手な子もいる。大人の反応を読んで本心と違ったことを言う子もいる。どちらかの親の意図に誘導されてしまう場合もあるだろう。子どもが話す中の「ほんとう」はいったいどれなのか、判断はとても難しい。

僕は、考えていることを言葉にするのがとてもうまい子どもだったが、それでも前の父本人にはちゃんと伝えられなかった。あまりかかわりたくない、本心なんか言ってやらないという気持ちや、少し気の毒だと思う感情が勝ってしまったのだと思う。

しかしそのことがイコール「大人に操られている」「子どもの言うことは信用できない」ではない。それくらい、子どもの希望を知るのは難しく、時間がかかるものだという話だ。

母が家を出てから迎えたあの正月、いきなり前の父が現れたのではなかったら、ひょっとしたら彼とももう少しいい関係でいられたのかも、と思うことがある。それくらい、ショックだった。その内心の衝撃は、母には残念ながら伝わらなかったようだ。そして、それを言語化する力も、幼かった僕にはなかった。

母は、僕の歯に衣着せぬ「正直な恨み言」にもよく耳を傾けてくれた。子の気持ちに真剣に向き合う、いい親だったと思う。それでも、やっぱり前の父に会う時の微妙な感情を理解しきれなかった部分があった。子どもの気持ちを正確につかむのは、それほどに難しいということだ。それは、子どもが別居親に「会いたい」「会いたくない」と思っている双方の場合に生じうる事態だろう。

その意味で、この法案の成立を目指す人たちの「子どもの意向を捉え損なってしまうのでは?」という懸念自体は正しい。

しかし「会いたい」という思いを汲み取れないのと「会いたくない」を汲み取れないのは、起こり得る確率としては同じなのだから、僕のように「会いたくない」と思っているたくさんの子どもの気持ちをも汲み取れないという危険性についてはどう考えるのだろう。

連絡会のサイトの主張は、表裏一体で「会いたくない」という子どもの気持ちもちゃんと反映できない可能性が非常に高いことをも裏付けることになると思うのだけど、そこは触れられていない。会いたくないと言っている子どもの「元・親と会わない幸せ/元・親と会わされる不幸せ」については、とりあえず無視して我慢してもらおうということなんだろうか。その極端な主張の偏りに、前の父に会いたくなかった子どもの僕は、強い懸念をおぼえる。

僕は、我慢して前の父に会っていた。それは幼い子どもにとって、けっこうなプレッシャーだった。ちなみに、両親は前の父に養育費はもらっていない。じゃあもういいじゃないか、大人なんだから、会えない辛さに耐えてちょうだいよ、僕の「会わなきゃいけない苦しみ」のかわりに。僕はしんどかったよ。

会いたいのに会えないという気持ちを的確に汲み取って子どもを幸せにしてやりたいという気持ちを主張するのなら同時に、会いたくないのに会わされるという子の気持ちもしっかり汲み取ることができるやり方を考え出して欲しい。

あと、僕の場合は母が前の父の家を出てすぐに「父親代わり」の男性が見つかったから、厳密にはシングル・ペアレントの子どもの、元・親が恋しいシチュエーションとは違うというツッコミもあると思う。

しかし、ある夫婦が別れてどちらかに子どもがついてきたという場合、仮に「ひとり親であることがさびしい」とその子が感じるようになったとしても、それを充足させるのが必ずしも元・親でなくてはならないということにはならないと思う。シングル・ペアレントであることが何だか物足りないという気持ちと、元・親に会いたいという気持ちは必ずくっついているわけではないはずだ。

お母さんだけでちょっとさびしいけど、お父さんは嫌いだしもう会いたくない(新しいお父さん、できないのかなあ)ということもあるだろう。その気持ちを勝手に元・お父さんと会わせることにして代替させるというのは、個人的にすごく残酷な取り決めのような気がする。

もちろん、元・親に会いたいという子もいるだろうし、シングル・ペアレントであることに充足している子もいるだろう。

個人的には、別れた夫婦がその後も円満であろうがなかろうが、養育費を払っていようがいまいが、元・親に会うか会わないかは子どもが自由に選択できるようにしたほうが良いと思う。その選択を、どちらの親も受け止めるべきだろう。もちろんDV等々の危険性については充分留意した上での話だ。

しかし、何が子どもの真意であるかを知るのが困難だというのも、これまで書いてきたとおりだ。その真意をめぐって、それぞれの立場の人が堂々巡りになっているというのが現実と言えるだろうか

とても難しい問題だけれども、ほんとうの「離婚家庭の子どもの幸せ」とは何だろうということを考える材料として、昔の思い出を交えて書いてみた。

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