「書いて、再会」 中編

その会社A社は、バイトのほとんどが、いや「ほとんど」なんて生ぬるい、僕以外のアルバイトの全員が女性だった。

20代後半の僕は、若いという意味でもその会社では異色だった。同年代の女性アルバイトは確か2人くらいしかいなかった。

つまりそれが何を意味しているかと言うと、当時家族社会学者の山田昌弘が提唱したような、実家暮らしでちょっとした小遣い稼ぎといった「パラサイト・シングル」的な動機でここに働きに来ている人は皆無で、全員子育てや生活のために稼ぎに来ているということ。金が要る人たちばかり。

誰しも時給が高くて稼げる花形の「撮影業務」に就きたいのだ。

僕がこちらの部署に拾ってもらう少し前まで、会社のベテランOLさんが事務仕事と兼任して撮影を担当していたが、掛け持ちで体調を崩したということで、その撮影業務の席が一つ空いた。当然その部で働くバイトの人たち全員が、その席を狙っていたのだろう。

しかし、それを突然よその部から異動してきた僕が奪ったのだ。「会社をさぼってばかりでクビ寸前」という僕に関する噂もみんなの耳には入っていたと思う。

部長の言ったことは大げさでも何でもない。僕はまさに四面楚歌だった。

OLさんから撮影業務の説明を受けている時も、撮影の補助的役割の「書類整理」業務を担当している同僚たちの視線が背後から突き刺さってきたのを感じた。しかし、みんなが生活のために稼がなくちゃいけないのと同じくらい、その時の僕も追い詰められていた。

若くで僕を産んだ母とおそらく同年代か、それより少し下くらいの同僚の女性たちは、働いて稼いで何とか生きてきた「労働のベテラン」ばかり。その人たちがかつて立たされたのと同じ「ひたすら働く」というスタートラインに、ようやくその時の僕も立てたというわけだ。

父が自己破産するまでの僕なら、もうこのプレッシャーだけで逃げたくなり、実際に逃げたはずだ。そして社員や雇用主の「君は仕事できる人だと思ってたから、辞めるのは残念だよ」という言葉を、ちっぽけなプライドの拠り所として、また楽な仕事を求める放浪を続けたのだろう。もう戻ることのできない、ぬるま湯の世界。

みんなの視線が冷たいのくらいが何だ。僕は、金が要るんだよ。自分が暮らして行くための、親に送るための。こんなもん、歯を食いしばって耐えなきゃ、生き抜いて行けないんだよ。

とは言え、四面楚歌を形作っている「敵」はみんなの冷たい視線だけではなかった。僕は何よりも僕自身と戦わなければいけないのだ。

一応温情で私にチャンスを与えてくれた部長も、役立たずのままでいいとは言ってない。これから僕は部長にも会社にも同僚にも、そして何より僕自身に対しても「こいつが撮影の仕事をやるのが当然」だと誰の目にも見える形で証明しないといけない。普通レベルでできるだけじゃ、納得してもらえない。そして、僕を起用したことに対して冷たい視線を同じく浴びている部長に、これ以上の泥をかぶってもらうわけにはいかない。

部長が「四面楚歌だよ」と言ったのには、言外に「ここまでしてやって、まともに役に立たないようなら、今度こそクビだよ」という意味が込められている。

しかし、今まで楽な仕事ばかり選んで、適当に「仕事がまあまあ良くできる方」だっただけの自分にそれができるのか? やらなきゃいけない。でも、そこに踏み出すための足掛かりなんて、どこにもない。

そこで僕は高校時代までの自分の趣味を思い出した。その頃まで、山好きの父と、母と僕でテントや食料を担いで3000メートル級の高い山々に登るのが好きだった。山にこもって1週間くらい、下界のことを全く忘れて暮らす。決して体力や運動神経があるとは言えない、むしろスポーツが苦手だった僕の、唯一楽しめるものが登山だった。

登山のコツは、登る時に「あそこに見える曲がり角までとりあえず休憩せずに登る」という風に、目先の目標をコツコツと立てながら苦しい登り道を少しずつ消化して行くこと。意外に「目先重視」のスポーツなのだ。だから、ほんの少しの頑張りで手の届くような目標だけを設定する。変に頂上や、夜の食事のことなど遠い未来のことを考えず、とにかく徒労感を少しでも減らす。頑張れない僕が唯一人並みにできたのは、そんな目標設定の仕方だからだったのだと思う。

この四面楚歌の状況は、登山と同じかもしれない。

最初は撮影機の扱い方を何も考えないでできるように。フィルム1巻あたりの撮影スピードを、徐々に他の撮影者の先輩たちに近づけるように。などなど。ほんの少しだけ先のプチ目標を具体的に数値などで設定して、一日のうちに必ずそれを達成する。とにかくそれを続けようと決めた。

そしてまた、そんな僕の登山スピリットをいたく刺激する条件が、この会社には整っていたのだ。それは、撮影者全員の毎週の「撮影枚数」を名前付きでプリントアウトして、社内の誰もが見えるところに貼りだしておく、という方針だ。

枚数を稼げば稼ぐだけ、クライアントから受け取る撮影料が増えるので、その分会社の利益につながる。だからこそ花形部門で、時給も高いのだ。社の宝。一番の武器。町工場における職人と同じ。そして、その「技術の高さ」は数字となって如実に表れる。そして当然、ノルマもある。

1週間ごとに○○枚撮れないようなら、他のもっとできそうな人と交代させる。あなたは書類整理をやっていなさい。

そんな非情なリアルを、これから僕の名前も載ることになるこの紙切れ一枚が無言で撮影スタッフに語りかけてくる。

今の僕はただの見習い。このフットスイッチの切り替えのタイミングすらよくわからない。でも、まずはノルマを何とか超えるところからはじめよう。そして、そこに登れたら今度は撮影枚数トップという頂上に登りつめてやる。

そうすることでしか、生き残れないんだ。普通ではダメだ。僕はこれから、腕前を誇りにする職人になるんだ。まともな努力ではそこに行けない。先輩たちが長年努力を重ねての、この数字なのだから。

その日から、いかに「数字としてわかる形で結果を出すか」ということばかりを考えぬく毎日がはじまった。

(続く)

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オラシオ

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