家庭環境を引きずっていない人にどこかで憧れてる、という話

人それぞれに、それぞれの家庭環境がある。家族との関係もさまざまだし、みんな、家庭というものに何かを思って育ってきたはず。

そこまでは誰もが同じ位置に立っている。でも、そこから人はさーっと2つに分かれるのだ。

ざっくり言うと、どんな家庭で育ってきたのか何となくわかる人と、わからない人の2つだ。

僕は圧倒的に前者だ。と言うかむしろ、ここnoteで書いたり、知り合った人にあけっぴろげに話したりして、決して「平均的な家庭像」におさまらなかったうちの家族のことを自分からオープンにしている。

大人のもめごとが幼い自分の目の前でふつうに起こる家庭環境で育ってきて、良かったこと、悪かったこと、まあいろいろあったのだけれど、とにかく今の自分のアイデンティティに強く影響を与えていることだけは間違いない。

僕が社会や家族、ジェンダーなどについて書いたり話したりする時に独自の視点のようなものを感じてくれるのならば、それはひとえに僕のそこそこハードだった家庭での経験が裏打ちしている。

結果的にそういう感じに育ってきて良かったと思っているし、あんな環境で生きてきたのだからやっぱり自分はひねくれているんだろうな、とも思う。どちらにせよ、その経験をかなりポジティヴに捉えていて、おそらくひそかに誇りも持っているんだろう。

一方で、僕のようにハードな環境で育ってきたのに、全然「そんな感じ」がしない人もたくさんいる。僕の親友の女性がまさしくそういう人だった。

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オラシオ

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オラシオ

ライター、コラムニスト。青森市在住。『中央ヨーロッパ現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド』(DU BOOKS)監修。コンピCD『ポーランド・ピアニズム』『ポーランド・リリシズム』(コアポート)選曲・解説。ご依頼はaladyhasnoname@yahoo.co.jp
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