男と女のABC問題 解答4

元ネタの「男と女のABC問題」をご覧の上、お読みください。

週末にいつも飲みに誘っているカナザワさんがめずらしく所用で会社を早退した。早退は今日がはじめてだけど、最近は「先約が入っているのでその日は無理なんだ」と誘いを断られることが多くなった。

カナザワさん。名前はノゾミ。女性。僕のひとつ下の28歳。小柄。仕事がよくできる。さっぱりした性格で、女性を含め同僚にとても慕われている。趣味はみんなには内緒にしているけどゾンビ映画鑑賞。好きな食べ物はおでん。ビール党。早起きは苦手。

ふたりきりで飲みながら彼女から聞き出したあれこれを、僕はいくらでも挙げられる。僕は彼女が好きなのだ。恋人になりたいと思っている。でも、こんなにたくさん彼女のことを知っているのに、僕がどうしても知りたいことはまだ教えてもらえない。と言うか、訊く勇気がない。

君は僕のこと、どう思ってるの?

ふるさとから遠いこの街に引っ越して来て、3年。僕には一緒に飲んだりするような友達はまだほとんどいない。最初にできた飲み友達がカナザワさんだった。

最近までは、2週間に一度くらいの頻度で彼女と飲んでいたから、もうだいぶ回数を重ねたことになる。最初にふたりで飲んだのはどんなきっかけだったか忘れたけど、確か彼女の方から僕に声をかけてきたはずだ。そうだ・・・僕のふるさとの街に彼女も昔住んでいたことがあって、それでちょっと誘ってみる気になったと言ってた。

女性が男性とふたりで飲む時は「その気」が少しはあるからだ、と言うけれど。本当なんだろうか。でも、今の僕はその説を真に受けたいと思っている。そう思わないと、次の一歩が踏み出せない。僕は臆病だ。彼女が誘ってくれなきゃ、きっとそのまま終わってたと思うし。ただの友達にすら、声をかけるのが苦手。だから僕は今も友達が少ない。

最近のカナザワさんの「先約」が何だか僕は知っている。彼女にはもうひとり男の飲み友達がいる。2年くらい前から飲んでる僕らとは違い、彼はここ数ヶ月の間にできた友達みたいだ。名前は知らないが、彼女の話じゃ「友達の友達」というつながりらしい。だんだんそっちの彼との約束の方を先約にされているような気がする。僕はいつも気まぐれで飲む日の数日前に誘うからそうなる、のはわかるんだけど、やっぱりどこか納得がいかない。でも僕は彼女の先約宣言を聴いて「あっ、そうなんだ。じゃあまた今度ね」と笑って返すしかできない。今の僕に「僕との飲みの方を優先してよ」なんて言う資格はない。

そんなわけで、今日は夜の繁華街をひとりで歩いている。カナザワさんとこの辺の居酒屋は行き尽くした。週末の気のゆるみを顔に微妙に映して、そぞろ歩く人たち。制服から着替えて、華やかな私服で街路を揺れる女性の群れ。

「あっ、サワグチくん」

カナザワさん。声のする方に目を向けると、シックな紺のワンピースに身を包んだ彼女が立っていた。職場でもプライヴェートでもシャツとジーパンみたいなラフな格好ばかりの彼女がはじめて見せる大人な薫りのする服装。細いチェーンのネックレスの先に光る白い石。いつもはスニーカーが包んでいる足は、ハイヒールで甲を露わに見せている。夜の街の灯りが、ほっそりした彼女の姿に濃い陰影をつけていた。

「へへへ。何だか恥ずかしいな。声かけなきゃ良かった」

そうはにかむ彼女の頬は酔いで火照っている。また「あいつ」と飲んだのか。彼のためにその服を着たのか。今日早退したのもそのためなのか。僕が今まで知らなかった彼女の顔。これまで、彼女の知らない一面を教えてもらうたびに新鮮な驚きにひたっていたけど、今はむらむらと嫉妬の気持ちがわきあがってくる。目の前の彼女は、それほど綺麗だった。

「そういう服、嫌いじゃなかった?」
「やっぱり、柄じゃないよね」
「いや、似合ってると思う。今日はまたあいつとなの?」
「あいつ? ああ、サワグチくんにも話したことあったっけ。そう、ナカネくん。一度ちゃんとした服着てオシャレなレストランに行こうって言うから」
「・・・あのさあ、こんなこと言えた義理じゃないと思うんだけど、服まで男に合わせてやるってカナザワさんらしくないよ。て言うか、その、なんだ、ずっ、ずっと訊けなかったんだけど、そのナカネさんは君にとって何なの? いっつも彼との先約済みじゃん。そっちの方が大事なんだ? 普段着ない服着て、そんな綺麗になってさあ。僕は、僕は正直最近すごくさびしい」

言っちゃった。何回か噛んだが。まだ飲んでもいないのに顔が赤くなってきたのが自分でもわかる。しかし我ながら、何て女々しい言いぶんだろう。この期に及んで、まだ好きとも言ってない。

きょとんとした表情を見せていたカナザワさんが突然「はは、ははは」と笑いながら両手をプロペラの形にして、ゆっくり回りだす。酔っているからか、ヒールの靴に慣れていないからか、ちょっとよろよろしてる。行き交う人がいぶかしげに視線をくれる。

「カナザワさん、危ないよ」
「いいよいいよ、黙ってろ、ナイーヴ青年。サワグチくんは手間がかかるなあ。ははは」
「どっ、どういうこと」

カナザワさんの旋回が止まる。止まった先は、ぴったりと僕の目の前。見上げる瞳は、酔いでうっすら充血している。

「やっと言ったか、サワグチくんよ。今日はいい日だ。あのね、なんで我慢してこんなカッコしてるのかわかんないんだよね」
「うん」
「しばらくナカネくんとも一緒に飲んでみたけど、どうも違うんだよね。サワグチくんといる時みたいな安心感がないの。私にこんなカッコするのを期待するような人だよ。だから、今日で飲むのを最後にしようって言ったら小ジャレたレストランなんか予約してさあ。最後くらいは彼の気に入るようにしてあげたの」
「えっ、じゃあ、もうそっちとは会わないの?」

ブラックジョークが大好きなカナザワさんがニヤニヤと意地悪く笑う。

「そしたら前からあなたが歩いてくるからビックリした。で、なんだって、さびしいんだって? ずっとそんな気持ちでいるのはわかってた。でもまだお互い友達でしょ。様子見てたんだ、ごめんね。いい加減じれったくなったから、来週あたり一緒に飲んでこっちから粉かけようと思ってたら、先を越されちゃうんだもん。今日はいい日だ」

と言ってまたくるくる回ろうとする。

「ちょっと、危ないって。これからどうする? 一緒に飲みたいけど、お互いの服がちぐはぐだね」

作業上がりのラフな自分の服装に目をやっていたら、またピタッと止まる愛らしいプロペラ。

「じゃあ、家こない? これから家飲みも増えるだろうし、予行演習ってことで。サワグチくんがじれったくて手間かかるのはよくわかったから、今度からは私の方からガンガン誘って行く」
「喜んでいいのか、そうじゃないのかよくわからない。とりあえず、タクシー呼ぼうか。おーい」

これからは、先約なしの日々がはじまる。先手ばかり打たれそうだけど。さっきまでぼんやりと目に映っていた街の灯りが、急にきらびやかに見えた。


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オラシオ

ライター、コラムニスト。青森市在住。『中央ヨーロッパ現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド』(DU BOOKS)監修。コンピCD『ポーランド・ピアニズム』『ポーランド・リリシズム』(コアポート)選曲・解説。ご依頼はaladyhasnoname@yahoo.co.jp

男と女のABC問題

フリーの若い男女男をめぐるショートショート・シリーズ。さまざまな恋が実ったり破れたり、はたまた生まれもしなかったり。
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