「おくりがな」から見える人間関係

ここ最近、夜に眠れないことが多く、そういう時は眠ろうとするのをあきらめ、読書することにしている。

眠れない時の対処法は諸説あるけれど、代表的なものは「睡眠までいかなくても目を閉じて体を横たえると休息になるので、とりあえずじっとしている」と「眠ろうとしてうまくいかないという失敗の体験がストレスになるので、さっさと起きて別のことをする」の対照的な2つだろう。

一緒に住んでいる僕の相方は圧倒的に前者で、僕も最初は彼女の説を鵜呑みにしていたが、だんだん自分は後者であることがわかってきたので最近は眠れない時は思い切って起きるようにした。

さて、今夜読んでいるのは、ある男性著者のエッセイ本だ。彼の本は、東京に住んでいた頃から愛読していて、図書館で借りて、すぐ近くのカフェでカセットウォークマンが再生するお気に入りの音楽を聴きながらむさぼるように読んだあの頃の記憶が懐かしい。あの時間はほんとうに豊かだった。

その頃はまっていた彼の著書はシリーズになっていて、もともと実家で購読していた雑誌に連載されていたものだ。彼の名を、そしてそのシリーズを最初に知ったのは、実家に置いてあったバックナンバーを読んだ時だったと思う。最初は実家に帰るたびにその雑誌の連載を楽しみに読んでいて、一冊の本にまとめられたという情報もそこで知った。

連載が続く中で、書籍化は数冊に及び、それは僕の「豊かな時間」がそのぶんだけ続くことを意味していた。

だから、著者としての彼は、僕は好きなのだ。それでも、ちょっと気になることがある。

あの頃は一読者だったけれど、今の僕は言ってみれば彼と同じ「プロの物書き」だ。彼の本に限らず、どんな本を読む時も書き手としての自分を意識して読むようになっている。

彼の最新作をついさっきまで読んでいて、ちらほらと目につくことがあった。おくりがなが、ちょっと引っかかるのだ。例を挙げる。

「暮し」「変って」「起る」「現われる」などなど。

それぞれ「暮らし」「変わって」「起こる」「現れる」とする場合のほうが圧倒的に多いのではないだろうか。厳密に言うと、これらは誤用ではないのかもしれない。実際、こうやってノートパソコンで入力していても変換候補として出てくるわけだし。例えば「暮しの手帳」という雑誌もある。

だから、言語学的な正しい・正しくないの話をするつもりはない。つまり、そういう視点からのツッコミはなしにして欲しいという読者のみなさまへのお願いでもある。もう少し我慢して読んでいただけると嬉しい。

僕も、一読者の頃だったら「ふうん、○○さんはこの言葉のおくりがなはこうするんだ」と思うだけだった可能性が高い。でも今の僕は、編集という作業のことを考えながら読むようになっている。

いろんな編集者と仕事をしていると判ってくることだが、基本的に編集という作業は「引っかかり」や「ノイズ」を除去するということなのだなと思っている。読む中で生まれる違和感をできるだけ排除し、スムースな流れを作っていく。

本のタイトルのつけ方や、文中での言葉選び、おくりがなのつけ方なんかも、できるだけ耳慣れた言葉やググって結果に挙がりやすいもの、多くの人が違和感を感じないようなほうを選ぶ傾向がある。

小説の編集はちょっとわからない。ただ、音楽や専門分野に関する書き物とか、コラムやエッセイは、基本的に編集作業の中でそういう指摘をされることが多い。そういう読み物は、「読みやすい」ほうが圧倒的に良い。

という考え方から行くと、もし僕が編集者なら先に引っかかるおくりがなの例として挙げたものは、全部訂正の検討を著者にお願いする。読んでいて、微妙に違和感があるからだ。

そして、僕がもしこの著者だったら、そういう指摘を受けたら、だいたい「はいはい、然るべく」と言ってさっさと直してしまうと思う。もちろん、ほんとうに直すほうがいいのかどうか、いったんちゃんと考えはするけれど。

なぜさっさと直すのか。実は、そうした変更は作品全体の面白さに何の影響も与えないし、逆に言うとそのこだわりは別に効果がないからだ。そして、著者としてよほど曲げられない部分以外は、編集者の言うことは素直に聞いておいたほうが結果的にうまくいく。

向こうもプロだし、彼や彼女の指摘には当然意味や目的がある。また、その出版社でルールが決まっている場合もある。どちらにしても、言う通りに訂正したところで、内容の良し悪しにはまったく影響しない。そういうところとはまた違った視点からの指摘なのだ。

ところがこの本の著者のおくりがなは、それがなされていない。なぜだろう。これはやっぱり、この著者がある程度「大家(たいか)」になってしまったからなのだろうなあ、と何となく想像がついてしまうのだ。

彼は戦中生まれだから、書き手としてはもう大ベテランだ。フリーランスの物書きは体が続く限り現役でいられる反面、編集者は出版社の社員であることがほとんどで、つまり彼を担当する編集者はどんどん代替わりし、若くなっていく。そして、ベテラン著者と編集者の年の差はどんどん開いていく。

そうすると、自分の孫ほどの人間から来る指摘に、なかなか素直にうんと言えなくなってくるのでは。逆に、自分の祖父や祖母くらいのベテランに細かいことをいちいちツッコむのが難しくなってくるということもありそうだ。確か前にそういうことをBar Bossaの林伸次さんが書かれていた。

僕はこれ、年長の者が一番やってはいけないカッコ悪いことだと思う。僕がこの著者のように70代まで物書き業が続けられるかどうかはわからないけれど、どんなに年をとっても、いつまでも編集さんにとって「構えずに指摘できる」著者でありたい。

それは、敬意を払われていないということじゃない。敬意を払われているからこそ、プロとして言いたいことを言ってくれるのだから。

これは恋人とか友人関係にも当てはまることで、それなりの間柄だったらそれなりのことしか言わないし、大切な人だったら考えていることはちゃんと伝えるものだ。時に拒絶される可能性があるとしても。遠慮して口をつぐむような関係は、相手を慮っているようでいて実は、言わなかった言葉のぶん、その人の存在を貶めているような気がする。

一昨年に亡くなった僕の前の父は、この著者の少し前の戦前に生まれた人だったのだけれど、時々送ってくる手紙に書かれていた言葉のおくりがなが、やっぱりちょっと変だった。言葉は世代や環境によって変わるものだし、ここで僕が挙げた引っかかる例も、この著者にとっては「自分が受けた教育ではこうだった」というものなのかもしれない。

でも、それが今の読者にとって引っかかるものだったら、編集者はやっぱり指摘すると思う。もちろん、綿密に話し合ってこういう結果になっているのだったらそれはそれでいいと思うけれど、たぶん違うだろう。

たった一文字、おくりがなが多かったり少なかったりということの向こうに、何となく「○○さんにはあまり細かいことはツッコまないでおこう」という人間関係が見えてくる。

どういうやりとりの末にそうなってしまったのか、あるいは端からやりとりなどなく忖度されてしまったのかまでは判断のしようがないけれど、まあなんか、かわいそうだとは思う。どちらも。

いつまでも編集者からツッコみやすい書き手であり、人の言うことをまずいったんは受け止めてしっかり検討できる人間でありたいな、と改めて思う真夜中なのだった。

ちなみに、僕は書き手としてはそれほど書くのは早くない。実は書き手の「はやさ」には二種類あって「速い」と「早い」だ。前者は実際に書いている時間が短い人で、後者は締切まである程度余裕を空けて提出する人。

僕は書くのに着手しないで頭の中で考えている時間がすごく長いので、書くスピード自体はそこそこ「速い」けれど、いつも締切ギリギリなので「早く」はない。編集者としては「速さ」などはどうでも良くて、「早さ」のほうを求めているだろう。その意味では僕はあまり優れた書き手じゃない。

ただ、できるだけ細かい訂正のやりとりをしないで済むような、つまり編集さんの手間をかけないような原稿を心がけているので、だいたいほとんど直しが必要にならないものに仕上がっている。やりとりが必要ないぶん、入稿までの時間は早くできる。

それが自分の持ち味と言うか強みだろうと考え、一字一句丁寧に吟味した原稿をいつも目指している。だから、内容にとって何の影響もなく、かつ言うことを聞いたほうがいいだろう編集者からの指摘について、すぐ判断を下せるとも言える。細部まで吟味していると、フレキシブルになれるのだ。

実は、僕の初期の仕事でほんとうにひどかったものがあって、原稿の半分が赤入れされてて編集さんに大変に手間をかけさせてしまったうえ、クライアントから稿料の減額という、まあプロのライターとしては最大の屈辱を味わった。正直言うと、ちょっとトラウマです(苦笑)。

でも、そのすべてを素直に受け入れ謙虚に向き合ったことで、今の僕があると思っている。あの時もし「うるせえな、オレの書いた文章のどこが悪いの?」とか開き直ってたら、今ここでこうして仕事をしてはいなかっただろう。そんな「おこだわり」はプロに必要ない。自分が傲慢になりかかっている時は、いつもあの仕事のことを思い出し、初心に帰るようにしている。

だから、これからもどんどんご指摘ください、お世話になる編集者の皆様。

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オラシオ

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オラシオ

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