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すべての弦はポーランドに通ず 隠れジャズ・ヴァイオリン王国の天才たち

(2018.03.01加筆・修正しました)

みなさんはヴァイオリンという楽器を目にした時、どんな音楽を頭の中に思い浮かべますか。やっぱりクラシックですよね。ある人はバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」、ある人はフィリップ・グラスの「ヴァイオリン協奏曲」(そんな人いねえよ笑)の美しいフレーズが脳裏に流れるのでしょう。

もちろんヴァイオリンは圧倒的にクラシックの楽器です。クラシックというジャンルで弾くことに特化してどんどん洗練されてきたと言っていいでしょう。ですが、歴史の中には必ず一定数「へそまがり」「あまのじゃく」がいて、ヴァイオリンでジャズをやったろうじゃねえか!と考えた人たちが20世紀以降にヴァイオリン音楽の歴史を新しく築いてきました。

多くの方は、ジャズ・ヴァイオリンと言えばフランスを思い浮かべると思います。ステファン・グラッペリやフランク・ザッパ&マザーズへの加入でロック界でも名を馳せたジャン・リュック・ポンティ、ハイティーンのころに国民的プログレバンド「マグマ」への参加で衝撃を与えたディディエ・ロックウッド(2018年2月に62歳の若さで亡くなりました)などスーパースターたちを輩出しているからです。

また、フランスは西欧文化の中心国ということもあり、レコードや情報が日本に入ってきやすかったという背景もあります。一方で、戦後の鉄のカーテンによる情報統制があり、なかなか実態がよくわからなかった中欧(東欧)のポーランドでも素晴らしいジャズ・ヴァイオリニストが育っていました。

クラシック界で数多くの名手を生み出した旧ソ連・共産圏諸国の音楽教育のレベルの高さと、ジャズというジャンルに対する締めつけのゆるさという政治的背景がかみ合い、近隣諸国の中でも特にポーランドでその土壌が整ったのだと思われます。

前置きが長くなりましたが、今回は隠れジャズ・ヴァイオリン王国ポーランドの素晴らしいヴァイオリニストたちの音楽をご紹介します。ちなみに、ヴァイオリンはポーランド語でSkrzypce スクシプツェといいます。

若手の二大ヒーロー

アダム・バウディフ Adam Bałdych
デビュー当初はかなりアクが強いスタイルだったので、そのすごさがいまいちよくわからなかったのですが、ドイツのACTと契約した時からエンジン全開。ジャズ・ヴァイオリン王国ポーランドの未来を担う存在として同レーベルの看板アーティストへと成長しています。

ではまずノルウェーのヘルゲ・リエン・トリオとのクァルテットをどうぞ。ヘルゲとの動画はPVとしてもポップで出来が良いと思います。そして何と!アダムは2018年の5月に初来日(ヘルゲとのデュオ)します!

詳しい情報はコチラ → https://invs.exblog.jp/27098398/

メンバー全員同世代のポーランド人というアダムのリーダー・クァルテット&セクステットもご紹介しておきましょう。どちらも世界で最もアルバム発表が待ち望まれているグループと断言します。クアルテットのほうは一昨年の晩秋にヴロツワフでライヴを見たのですが、ぶっ飛ばされました。

彼についてはDU BOOKS発行のジャズ雑誌Jazz Perspective Vol.13のポーランド・ジャズ特集で私によるインタヴューも掲載されています。

マテウシュ・スモチンスキ Mateusz Smoczyński
ジャズ・ストリング・クァルテットの草分けタートル・アイランド・ストリング・クァルテットのメンバーとしても活躍した(現在は脱退)正統派のテクニシャン。お兄さんは現代ポーランドで数多くの名盤を手がける天才エンジニアで、ピアニストのヤン・スモチンスキ

まずはそのヤンとのバンドで、グルーヴィーなヴァイオリン、キーボード、ドラムの変則トリオNew Trioのキラーチューンと、彼のレギュラーグループの2ndから1曲ずつ。

マテウシュは若手の天才ジャズ・ストリング・クァルテットAtom String Quartetのメンバーとしてもよく知られています。ZakopowerNatalia Kukulskaなどポップ・ミュージックのスターたちとの共演も多く、今話題のインディー・クラシック系の音楽としても良質ではないでしょうか。

若手からさらにもう三人

スタニスワフ・スウォヴィンスキ Stanisław Słowiński
モダン民俗音楽界のスター・ミュージシャンを両親に持つ異色のサラブレッド。特にお母さんのヨアンナ・スウォヴィンスカ Joanna Słowińskaのほうはポーランドの音楽史に名を残すくらいすごい人です。スタニスワフ自身はかなりマルチな才能を持つ人で、民俗風ジャズからヒップホップまでいろんなジャンルの音楽にかかわっています。

また、彼の最新作『Visions : Between Love & Death』から「Lifetime」を3/21発売の私選曲のコンピ『ポーランド・リリシズム』に収録しています。

ウカシュ・グレヴィチ Łukasz Górewicz
コンポーザー・ドラマー、ラファウ・ゴジツキ Rafał GorzyckiEcstasy Projectに起用されて高い評価を得ているプレイヤー。DJでかけると人気の曲をどうぞ。

バルトシュ・ドヴォラク Bartosz Dworak
2014年に設立されたたぶん世界初?のジャズ・ヴァイオリン・オンリーのコンペティションSeifert Competitionの初代優勝者。このコンペの由来については記事の最後の方で後述します。第一回コンペにはファビアン・アルマザンの名盤『リゾーム』にも参加していた大村朋子なども出場していました。二人目にご紹介したマテウシュ・スモチンスキは第二回の優勝者です。

ベテラン三羽烏

クシェシミル・デンプスキ Krzesimir Dębski
80年代に大人気だったフュージョンバンドString Connectionのリーダーで、現在は作曲家、指揮者、映画音楽家としても活躍中の、現代ポーランドを代表する偉大なアーティストです。世界的テノール歌手ホセ・クーラの大ヒットオペラ・ポップ・ナンバー「Song of Love」の作曲者としても有名です。

マチェイ・スチシェルチク Maciej Strzelczyk
この人はデンプスキとは正反対の一徹プレイヤータイプ。新しいサウンドをクリエイトするというよりはオーソドックスなフォーマットで伸び伸び弾きまくる方が好きみたいですね。そんな彼が一番切れ味鋭かった頃の演奏はこちら。

ヘンルィク・ゲンバルスキ Henryk Gembalski
80年代にPoljazzレーベルからの一連の作品でキャリアをスタートさせた、名バイプレイヤー的な人。メインストリーム系の録音はほぼなくて、今で言うジャムの元祖っぽいバンドやエクスペリメンタル系の作品によく参加しています。彼と言えば、最近参加したこのショパン・プロジェクト。ちなみにこのバンドの前任は上のスチシェルチクでした。

伝説のふたり

ズビグニェフ・ザイフェルト Zbigniew Seifert
「ヴァイオリンのコルトレーン」と呼ばれ、70年代に世界のジャズ・シーンを席巻した天才ヴァイオリニスト。80年代を知ることなく癌で夭逝しましたが、その名を冠したSeifert Competitionが創設されるなど、今もなお大きな影響力を持っている真のヴァーチュオーゾ。例えばアメリカの若手ヴァイオリニスト、ザック・ブロックは自分のリーダー作の中に必ずザイフェルト曲のカヴァーを収録しています。

一番有名なのはドイツのMPSから出たこのアルバムでしょうね。

↓は未CD化でジョン・スコフィールド、ジャック・デジョネットやエディ・ゴメス、リッチー・バイラークらと録音した代表作。

あともう1曲超貴重なライヴ動画。オランダのギタリスト、フィリップ・カテリーヌとのデュオ。すごい!

また、あまり知られていないことですが、ECMの名盤でも知られるリッチー・バイラークの名曲「ELM」はこのザイフェルトに捧げられた曲です。メロディもどことなくポーランドの音楽をベースにしているような。

ミハウ・ウルバニャク Michał Urbaniak
ザイフェルトがジャズ・ヴァイオリンそのもののレベルアップを成し遂げた人だとしたら、このウルバニャクはヴァイオリンを使ったジャズ・ミュージック全体を発展させた人。ポーランド・ジャズ最高の偉人で60年代に活躍したクシシュトフ・コメダのバンドのサックス奏者としても有名。

70年代前半に渡米しマーカス・ミラーらジャマイカン・キャッツの面々やビリー・コブハムなどとつるみつつ、マイルス・デイヴィスの『TUTU』でも隠し味的スラヴ色を導入してみせ多大な貢献をしています。おそらくアメリカのジャズシーンで一番成功したポーランド人ミュージシャンでしょう。

在ポーランド時代は民俗風味とアヴァンなタッチが前面に出ていました。当時の奥さんでヴォーカリストのウルシュラ・ドゥヂァク Urszula Dudziakはウルバニアク以上にイノヴェイティヴな超絶スキャッター。

こちら↓は渡米当初の超名盤。リズム隊は、ウルバニャクのバンドで初顔合わせだったというアンソニー・ジャクソン&スティーヴ・ガッド!この頃はプログレ的センスをもろに出しています。

こちら↓は数年経ってマーカス・ミラーや故ケニー・カークランドとつるみはじめ超アメリカナイズされた後のサウンド。上の音楽からすると「ヤバさ」は抜けましたが、これはこれで今聴くとリズムがキマっててカッコいいですね。


さて、いかがでしたでしょうか。どことなくオシャレな香りのするフランスのヴァイオリンや、アメリカのジャズのテイストとは違う感じがしますよね。たぶん、ポーランドのジャズには民俗音楽とクラシックがほど良くブレンドされていて、そうした要素の入ったフレーズとヴァイオリンの音色の相性が良いのだと思います。

時代を遡るかたちで代表的な奏者を何名か選んでみましたが、ポーランドからはこれからもどんどんすごい若手が出てくると思われ、要チェックです。まずは、5月のアダム・バウディフの初来日でそのすごさを実体験してください!

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