執筆の合間に、彼と彼女を盗み見た

僕にとって、執筆という作業の大部分は、あまり楽しくはない。

独りで家に閉じこもって書いていると、だんだん気分が塞いでくる。

だから僕は、原稿を抱えている時ほどよく外出する。

お決まりのコースはバスか電車で駅前に出て、元職場の図書館に顔を出して元同僚と雑談などしつつ借りる本を物色し、そのあとチェーンのカフェでのんびりお茶をしながら執筆を再開するというもの。

車窓からの眺めや、知人との軽い会話で気がほぐれ、カフェのざわめきがさらに僕を集中させる。

カフェの有線チャンネルでかかっているBGMに耳を傾けることもあれば、スマホに取り込んだお気に入りのアルバムを聴くこともある。

ノートパソコンのモニターから時々目を上げて、店内の様子を観察するのも、集中力を持続させるコツだ。

この店に来るといつも目にする常連客や、津軽弁で楽し気に喋るお年寄りたち。

最近は外国、特に中国や韓国など東アジアからの観光客も目立つ。

もうひとつ僕が気にかけて見ているのは、店員同士のコミュニケーションの様子だ。

お店の雰囲気を作っているのは、音楽や内装、お客だけではなくて、店員もまた重要なパーツだと思う。

楽しそうに働いていて、それなりに信頼し合って仲良くしている店員たちのいる店は、やはり居心地が良い。

どんなにおいしいものを出して、素敵な音楽をかけているお店でも、店員の様子が良くないとまったくリラックスできない。

店員同士の関係性は、注文を取っている時やオーダーを通す職業的な行程の中よりもむしろ、作業の合間にちょこっと雑談したりする際に色濃く表れると思っていて、僕はそういうところばかり観察している。

先日こういうことがあった。

この二人は仲が悪いんじゃないのかな、と僕が何となく感じている男性店員と女性店員がいる。

たぶん男性のほうが少し先輩で、女性のほうは後から入ってきた人だと思う。

年齢もひょっとしたら10歳くらい男性のほうが上かも知れない。

女性のほうは、まだ大学生か卒業したばかり、あるいは高卒で職を転々として、そのあとこの店に来たのかも知れない。

男性店員は、優しくてていねいでとても感じが良い人なのだけれど、いっぽうでマニュアルに忠実で少し融通が利かない感じかな、というところがある。

逆に女性店員は、営業スマイルも板について、ちゃきちゃきと何でもそつなくこなす感じ。

基本このお店は店員同士が雑談の時に醸し出す雰囲気がけっこういい感じなので気に入ってるのだけど、この二人の関係だけはそんな風には見えず、今まで僕も緊張して眺めていた。

仲が悪いと言うより、女性のほうが一方的に男性を苦手にしているのではないか。

なぜそんな風に感じたかと言うと、二人が隣り合って仕事をしている時、または作業の関係で男性のほうから彼女に声がけした時、女性店員の顔が全然笑っていないからだ。

それに気づいてから、ほんとうに仲が悪いのか、あるいは偶然そんなところを目にしただけに過ぎないのか確かめたくて、意識的に観察を続けてきた。

残念ながら、彼女が彼に笑いかけるところは皆無だった。

臨機応変に動ける人間は、ルール通りに動くフレキシブルでない者にイラつきがちだ。

男性店員にはちょっとそういうぎこちないところが散見されるので、彼女の中にそんな苛立ちがあるのかも知れない、などと、その不仲の理由の端っこみたいなものを見つけたくて、僕は観察を続けた。

いつしかその観察は「彼もマジメに頑張ってるんだし、いい人そうだし、彼女の態度が軟化すれば良いなあ」という、よくわからない応援の気持ちに取って代わった。

そんなある日のこと。

僕はとうとう見た。

男性店員がニコニコと女性店員のほうに話しかけ、彼女が破顔一笑、噴き出していたのだ。

それは、僕が今まで勝手に感じていた関係が最近改善された、という雰囲気ではなく、もともとこの二人はちゃんと他の人たちと同じように仲良く働いていたんだなと強く思わせる表情だった。

あー、全部僕の勘違いだったんだ。

彼と彼女の笑顔は、その時の僕の心の中の曇り空をぱーっと一掃して青空にしてしまった。

自分勝手に嬉しくなり、テンションが上がってしまった。

すごくいいものを見た。

もう一度二人をチラ見すると、やはり仲良く談笑している。

やった、見間違いではない。

その日締切だった僕の原稿はかつてないスピードで仕上がった。

その後しばらく、気分転換で僕の執筆場所は駅前の他のカフェに移ったのだが、最近またこのカフェに出戻り通いしている。

何日か行って気づいたのだけど、どうやら女性店員は辞めてしまったようだ。

オーダーカウンターのところにも求人の貼り紙がしてある。

でも、男性店員と仲が悪いと勘違いしたままでなくて良かった。

最後に彼女は、見ている僕も幸せになるような笑顔を見せて去ってくれた。

店員が楽しく仲良く働いているお店は、やはり居心地が良い。

そういうお店は、つらい執筆作業をほんの少しだけ楽しくしてくれる。

(終)

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オラシオ

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オラシオ

ライター、コラムニスト。青森市在住。『中央ヨーロッパ現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド』(DU BOOKS)監修。コンピCD『ポーランド・ピアニズム』『ポーランド・リリシズム』(コアポート)選曲・解説。ご依頼はaladyhasnoname@yahoo.co.jp
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