一生スイッチOn/Off

一生もの、という言葉があります。

時計や万年筆、財布に傘などが定番ですが、最近はキッチン用品とかでもこの言葉で表現されるものが出てきているようです。

一生を通して身に着けられるもの。あるいは一生使い続けられるもの。世界の中でも長寿上位国として知られる日本における「一生」って、かなり重い意味を持つと思うのですが、それだけの長い時間にふさわしい品質や格、耐久性があると信じられるものが一生ものなんでしょう。

ものとの出会いと別れに限らず、人はその長い人生の中でいろんな人と友情を結んだり恋愛をしたりしますよね。その間に何度か別れも経験していくわけです。その末に、結婚して添い遂げるパートナーを見つけた方がたくさんいる。とてもすばらしいことだと思います。

ところでコイバナをする時って、いろんなことがトピックになりますよね。どっちから告ったとかなんたらかんたら。自分の話をのろけたり人のを聴いてみんなで幸福感に包まれたり、いろんな楽しみ方があるとは思いますが、コイバナが何であんなに楽しいのかは世界七不思議のひとつと言っていいでしょう。

私が個人的にいつもそうした話の中で知りたいのが、パートナーなり親友なり、自分の大切な人と「この人とは、一生付き合っていくだろうな」と感じたタイミングです。

きっと、何かのきっかけで心にそういうスイッチが入ったから、関係を続けようと思ったんですよね。それはいったいいつのことなのか。

この「一生この人と関わり続けたい」と思ったきっかけのことを仮に「一生スイッチがオンになる」と例えてみます。

このスイッチオンのタイミングはもちろん人それぞれだし、そう感じた理由もさまざまでしょう。パートナーに対して求めるもの、逆に求められるものも含め、関係性はそのふたりそれぞれに違っていて、きっと共通解というのはない。だからこそ聞き出して「へええええ」と楽しめるのですしね。でも、こうも思うのです。

一生のパートナーを見つけた人は、いつスイッチが入ったか思い出せない

んじゃないでしょうか。今人生の傍らに「一生のパートナー」がいるという方は、ちょっと考えてみてください。

例えばパートナーと出会った時はどうでしょうか。その瞬間に「この人は一生付き合っていく人だ!」って思うのってあまりないですよね。実際私の知っている範囲では、仲良くしているあるご夫婦の出会いの時のお互いへの感想は「正直、印象が悪かった」というパターンがいくつかありました。出会いは一生スイッチがオンになる時ではないでしょう。たぶん。

あと、友達なら案外つかず離れずで一生関係が保ったりもしますが、恋愛の場合は一生の関係を作るのが目的なのではなくて、恋愛の甘美な味それ自体が目的だったりもします。だから別に「この人との恋愛は楽しいけど、まあ数年間のことだろうな」という気持ちで付き合っている場合も当然あるでしょう。

実際大学時代から付き合っている私の相方は、私のことを「まあ、卒業したらたぶん別れるのかな」とくらいにしか思っていなかったらしいし(苦笑)

そのいくつかの出会いと別れの中で、ある時だけ「あ、この人と一生一緒にいたい」とか「結婚したい」とか感じるわけです。他の人ではダメだったのに、その人とだけ感じるそのタイミングが、私にはとても尊いものに思えるし、興味深いのですね。

私自身、相方とずっと付き合い続けていて一生スイッチがオンになった時を思い出せません。このスイッチは、人と出会うたびに常にオンの方向に微妙に進んでいるのだと思います。長い時間をかけて、その人のいいところや悪いところ、好きなところ、嫌いなところを見定めつつゆっくりとオンへと移動する。

一生の人、でない場合はどこかでそのスイッチのオン運動が止まってしまう。そしてその人と別れて、再びスイッチはゼロのとこまでリセットされる。

なので「ああ、この人と一生一緒にいたい」というのは時間がある程度積み重なって一生スイッチがオン方向に振り切れた時にはじめてふっと気がつくようにそう感じるというのが実際のところなのではないでしょうか。

なにかものすごく具体的なきっかけがあって一気にスイッチがオンになるわけではないから、人生スイッチオンのタイミングを人は思い出せないのかなと私は思います。

一生ものについては、例えば天職とか終の棲家とかも一生のパートナーと似た感覚があるかもです。よく言ってるのですが、例えば私は前職の図書館員の仕事とか、今住んでいる青森市とかは自分なりに一生ものだと思っていましたが、じゃあそう感じた理由をわかりやすく説明できるかというとそんなことはありません。

というか、そういう風に感じる理由というのはやはりものすごく細かいきっかけの集合体であり、そのきっかけを感じた時間の積み重ねなんだと思います。だからわかりやすく説明しづらい。

とは言え、例えばヒットした恋愛マンガの『これは恋のはなし』のラストみたいに「最初に出会ったあの時からオレは惹かれていたんだ」みたいなパターンはそれなりに胸キュン・ポイントでもあります。この手の一生スイッチオンのストーリーがコンスタントに登場するのは、やはりそれがウケるからでしょう。

でも人はリアルでは思い出せないし、仮に「これがスイッチオンのタイミングです」とエピソードを挙げても、きっとそれはパートナーとの大切な時間の積み重ねが生んだ幸福な錯覚なのかと思います。ほんとうは「その時ずばり」ではなくて、ゆっくりと気持ちがオンになっていったんです。

逆に「ああ、この人とは話が合わない」と判断した時を「人生スイッチ・オフ」のタイミングだとします。こっちはけっこうかんたんに思い出せそうですよね。食べ方がダメだったとか、ひんぱんに差別発言をするとか、お店に行くと態度が尊大だとか。知り合いのそういうところを目にしてしまった時って、まるでブレーカーが落ちるように心のシャッターが閉じますよね。

そう、人生スイッチオフになるのはものすごく速いんです。だからそのきっかけも記憶に残りやすい。

基本的に人は閉じていて、他者とつながりにくくできているんじゃないでしょうか。だから、けっこうかんたんに幻滅し「ダメ出し」をする。そして苦い記憶も引きずりやすい。スイッチオフのタイミングを具体的に挙げてしまえるのは、そういう理由が大きいのではないかと思います。

そうやってたくさんの人と出会ってスイッチのオン・オフを繰り返しているのが私たちの人生。もしあなたに人生の伴侶がいたら、試しに「私と一生一緒にいてもいいとはじめて思ったのって、いつ?」と訊いてみてください。きっと答えに時間がかかるか、答えられないかどちらかのはず。

その「迷い」はそっくりそのまま、あなたとの大切な時間の蓄積の証です。

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オラシオ

ライター、コラムニスト。青森市在住。『中央ヨーロッパ現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド』(DU BOOKS)監修。コンピCD『ポーランド・ピアニズム』『ポーランド・リリシズム』(コアポート)選曲・解説。ご依頼はaladyhasnoname@yahoo.co.jp
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