「書いて、再会」 前編

「シラオくんとも、これでお別れね」

4月はいつも、頭の中にこの言葉がこだまする。

ほんのひととき、同じ職場でちょっとした雑談なんかをして笑いあった人たち。彼ら彼女らとは、特にプライベートな交流を持つことはなかったから、連絡先も知らないまま。その職場を辞めてしまえば、もう二度と会うことはない。そんな別れと、また新しい出会いは毎年この時期、繰り返される。


青森市に引っ越してくる前、僕は東京に住んでいた。もう十二、三年前のことになる。

社会人になったくせに、足りない生活費は親に出してもらいながらバイトを転々とする、ごくつぶしの二十代。

当時は派遣社員イコール高スペック人間という、派遣時代の黎明期。時給も相当に高額だったが、仕事をもらえるまでの壁も高かった。大学時代から付き合っていた彼女は、さっさと派遣会社に登録し豊富な研修制度を利用して次々とスキルを身につけていた。

念願の高額派遣の口をゲットした彼女の生活はみるみる潤い、そして契約が終わるころには研修で得たスキルを武器に、さらに自分のキャリアのために必要なステップとなる仕事をゲット。派遣会社をキャリアアップのツールとして見事に活用していた。

派遣会社が「能力の高い人間を送り込む」ものだった時代の好例が、彼女なのかもしれない。

一方で、努力をする能力が徹底的に欠けている僕は、登録時にスキル・スペックを計測された後「今の段階ではお仕事はご紹介できないですねー」という言葉に勝手に心折れ、そのまま足が遠のいた。

彼女という、一番に身近な存在が当時一番努力している人間の代表例なことで、僕の鬱屈したコンプレックスは最大限に膨れ上がっていた。

これもまた派遣社会の黎明期の、またひとつの好例。スペックが足りない者、そして自ら身につけない者は「いい仕事」につけず這いずり回るしかない。今の僕からは想像もできないが、当時の僕はパソコンもろくにできなかった。笑い話でも何でもなく、電源の落とし方さえ知らなかった。

僕らは学校ではまったくパソコンについて教えられず、それなのに社会に出たらパソコン・スキルを要求され、それがある者とない者の間に大きな労働機会の個人差が生まれた「失われた世代」真っ只中。

実際当時の派遣では、パソコン・スキルの有無が明暗を分けていたように思う。しかし、それを自分で身につけるための助けの手は派遣会社がちゃんと差し伸べていた。彼女はそれを力強く握り返し、僕はただ頭を垂れただけの話。

そんな僕が、労働とスキルということについて真剣に考え、誇りを持てるようになったのは、携帯電話の契約書をマイクロフィルムに撮影したり、生命保険の契約書をデータ整理する業務を行っているA社でバイトしたから。結局ここが、東京での最後の勤め先となった。

最初はただの書類整理要員でしかなくベテランのバイトのおばさんにちょっといじめられてもいたので、性懲りもなくさっさと辞めようと思っていた矢先。いきなり事情が変わった。父が自己破産したのだ。

アパートの家賃を出してもらったりと迷惑をかけ通しだった僕は、突然甘えられる先を失った。それ以上に、父が自分の天職と思い定めていた設計技師の仕事を手放さなくてはいけなかったことにショックを受けた。職人としての父の誇りを、僕は小さい頃からずっと見てきたから。

ありがちな話だが、僕は当時音楽にうつつをぬかしていた。根拠など全くないのに、多少は才能があるとうぬぼれていて、いつかこの「好きなこと」を職業にできたらなどと思っていた。それは父の影響だと思う。でも、その父はその好きな仕事をやむを得ず手放さなくてはいけなかった。そうならないように息子として力になるべきだったのに、実際は「お前に迷惑はかけられんからな」と破産手続きが済むまで一切が伏せられていた。父の無念と、自分の情けなさを想って、泣いた。

僕は突然自分の脚だけで立たなくてはいけなくなった。ベテランにいじめられている? それどころじゃない。そして、今の時給では足りない。当座の生活費にも事欠く両親に金も送ってやらないといけない。

そんな僕の苦境が、当時仲良くしていた男性社員を通じて社内の隣の部の部長の耳に届いたようだ。実は、父の自己破産の知らせを受ける前、ベテランのいじめに嫌気がさしていた僕は突然の休みや無断欠勤を繰り返していて、社の方で「辞めさせよう」という扱いになっていた。

本来ならそこで職を失い、両親ともどもどん底人生に転落しているはずだったのだが、その部長が立ち直るチャンスをくれた。その会社の花形セクションである「撮影機を使ったマイクロフィルム撮影業務」に大抜擢してくれたのだ。それまでの書類整理と違って時給も良かったし、撮影枚数が多ければ多いほど会社の利益になるので、残業もガンガンさせてくれる。

しかし、と部長は言った。

「君はこれから四面楚歌だぞ。時給が良くて、みんなが狙っているポジションに、突然他の部の人間が就くのだから。これまでのようにはいかないよ」

(続く)

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オラシオ

コメント2件

中編から読んでしまいましたが、遡りました(^^;; 続きが気になります!実体験話は、興味深いです☆
ありがとうございます。なにか別ネタのためにメモ代わりに書いてたはずが、このように展開してしまいまして(笑)。引き続きお楽しみください♪
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