「これは何ですか?」の比較文化論

日本列島も意外に広ければ、世界は問答無用に広い。

そんな当たり前のことに思い至るのはやはり、違う土地の人と話した時だろう。

ポーランドに行った時、現地の友達と一緒にカフェに入るとほぼ決まって「お茶飲む? それともビール?」みたいに訊かれたのもけっこうおもしろい体験だった。普通「お茶? コーヒー?」だろうに(笑)。ポーランド人はことほどさようにビール好きなのである。

最近私が聴いた話の中でお気に入りなのは、こんなもの。

北海道の沿岸部出身だという知り合いの知り合いが、東京に転勤になって歓迎会だか何だかで出てきた白いイカのお寿司を見て「これは何ですか?」と訊いたというのだ。

その人の出身地はイカ刺しで有名な街。彼女は生まれてこの方、半透明でぷりぷりしたイカしか見たことがなく、白いイカが何だかわからなかったのである。

この話を聴いて思い出したことがいくつかあって、そのうちのひとつは、社会人になって最初にやったジャズのレコード屋のアルバイトを辞めることになり、後輩が入ってきた時のこと。

彼は、一説には「香川県」という裏ネームを持っているらしい、うどん県の出身だった。その後輩K君に「やっぱり東京のうどんは全然違うの?」と言ったら彼は何と真顔で「東京にうどんはありません」と答えたのだ。

ちなみに一応言っとくとそのK君、非常に優しい感じの人当たりの良い青年だった。そんな彼が「文句を言うやつらはサクッと虐殺しておけい」と言う時の独裁者みたいな冷酷な無表情で、東京のうどんをすべて抹殺する言葉を発する。これぞカルチャー・ギャップだよなあと思ったものである。

まだ讃岐うどん系チェーンが全国に布教されるもっと前の話だ。K君の無表情の衝撃は、大学になって「女の子の髪の毛がいい匂いなのはシャンプーのせいだったのか!」とようやく知った時のそれとマイ・ライフ・ビルボード・チャートのトップを争う。

さて食べ物とカルチャー・ギャップと言えば、関西人が「ちくわぶ」を知らないというのは有名な話。と言うか、一応言葉ではおぼえたが、かく言う私(神戸生まれ大阪出身)もちくわぶなるものを食べたことはない。

「ちくわ」じゃねえの?とか「わぶってなんだよわぶってwww」と最初は思ったものだが、あまりに関東人が「へー、ちくわぶ知らないんだあ」と優越感に浸った表情で言ってくるので「じゃあ、おめーらは、『うめやき』を存じ上げてはるんかいどすえ?!」と凄んだらたいがい黙り込むのだ。

知りたくてうずうずしているが、自分から言い出すのは癪なのでもじもじしている様子を流し目をくれて軽く放置プレイしてから「まあ、ググったらええやん。インターネット時代なんだし(笑)」と突き放すのはなかなかの快感である。というわけで、知りたい方はどうぞググってください。

まあこの手の食べ物話をすると「青森では赤飯が甘い!」とか「リンゴはご近所からいただくもの。スーパーで買うものではない」とかいろんなネタが思い浮かぶのだが、東西南北文化格差の話をすると、炎上する場合もないではないと時折耳にするので、この辺にしておく。

と言いつつ蛇足ながら付け加えると、関西のうどんはだしが薄い、とよく言われているがあれは「色が薄い」だけであって、意外と味は薄くない。確かに関東の黒いだしのうどんにくらべれば味は薄めだが、別に「あっさり」しているわけではない。この話をすると関東の人にも関西の人にもなぜか受けが良くない。真実はいつも人を困らせるのだ。

この警句の意味がわからない人は、最近のドラマ「相棒」(水谷豊主演)を見ればいいと思う。水谷演じる暴走正義ロボット杉下右京が「それは真実ではありません」などと言って、登場人物たちの揉め事の落としどころを踏みにじる話なので。

さて、長々書いてきたが、本当に書きたいことはここからである。能ある鷹は爪を隠す。金ある豚は所得を隠す。

もう一年くらい前のこと。私は時々大ボケをかますことがあって、仕事で東京に長期滞在するような場合に、なぜか一泊少なくホテルを予約してしまったりする。その時もポーランド映画祭がらみで10日近く東京にいたのだが、チェックインの時になってはじめて、大阪に帰省する昼便バスに乗るのはチェックアウトの日の翌朝なのだと気づいたのだ。

まあそれはそれで東京ならどうにかなるわけで、私の解決策はまず林伸次さんのBar Bossaで日付が変わる手前まで飲んで、その後早朝までやっている東野龍一郎さんのノース・マリン・ドライヴでさらに数時間飲み、最後は漫喫で仮眠するというプランだった。

ノース・マリン・ドライヴに着いて、独りでカウンターに座っていると、外国人2人組が後から入ってきた。白人男性とインド系らしき男性の、20代くらいの若いコンビ。

すると彼らが私に「一緒にこっちのテーブルで飲まないか?」と誘って来たのだ。英語で話すことにも少しずつ耐性がついてきたので、まあ何とかなるかと同席したら、これがおもしろい奴らだった。

しまなみ海道に自転車で行ってきた話、泊まっているカプセルホテルの話、彼らが大好きだという70年代の日本のジャズの話、ブラジルのチン・マイアの話などなど、二人とも話題が豊富で思いがけず楽しい時間になった。私が中欧のジャズ専門の音楽ライターだと言ったらむちゃくちゃ食いついてきたし。その上京の時からかぶりはじめたハットもほめてくれた。

で、彼らが話しながらしきりにメモ帳にマンガみたいなものを書くので「絵が好きなの?」と訊いたら「僕たちはアニメーターなんだよ」と言う。ロスから来たらしい。

「君は『マインド・ゲーム』という日本のアニメ作品を見たことある? あれは真の傑作。見た方がいい。え、日本では有名じゃないの?」と激烈にオススメしてきた。菅野よう子の話などもした。

さて、お楽しみはここからだ。

アニメと言えば、日本ではハヤオ・ミヤザキやマモル・オシイなど有名な監督が何人もいるわけだ。当然アメリカではどんな監督がいるのか気になる。ということで「アメリカでは、一番影響力が強い監督って誰なの?」と訊いたら、

「誰って何?」

とふたりとも真顔で言うのだ。眉根を寄せて私をねめつける。

私「・・・いや、だから有名なアニメ監督は誰?」

二人「え、だから誰って何だよ? アニメの話だろ?」

正直に言おう。私はこの時、彼らの真顔、あるいは顔のしかめっぷりに内心恐怖した。何か気に障ることを言ったのだろうか・・・・。カツサンドを食べてビールを飲んだご機嫌な酔いがすーっと醒めていく。

しかしよくよく聞くと「アメリカでは、一人の有名な監督が指揮者みたいにしてすべてを統率してアニメを作ることはないんだ」という話だった。完全分業制だからカリスマ監督などいないという説明を聴いてほっと胸を撫でおろした。続いて彼らが「やっぱりピクサーとかかかなあ」といろいろ制作会社名を挙げてくれたのだが、ひそかにビビったせいであまりおぼえていない。

最近のカルチャー・ギャップ話で一番印象に残っているのは、その一年前の真夜中の出来事だ。

彼らはけっきょく私と話しながら「オレもカツサンド食べたい!」みたいな感じでもりもり注文し、あとで東野さんに「オラシオさんがおらへんかったら、彼ら一杯飲んだだけで帰ったかも」と感謝され、まあとにかく良い思い出なのである。ちなみに東野さんも大阪出身なのだ。

彼らとはFBフレンドになり、今もネット上でうっすらつながっている。私がよく投稿する風景の写真が好きらしく、そういうのをアップすると時々彼らからの「いいね!」がつく。

また会うかどうかはわからないが、「誰って何?」と真顔で訊き返されたあの表情は、たぶん一生忘れないだろう。

早く『マインド・ゲーム』を見ないとな。

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