「したい」と「したくない」をとりまく3つの欲望

「つまり、そっちを聴けよってことですか?」

10年くらい前に、青森駅のすぐ横の駅ビルの中のCDショップでバイトをしていました。

人生2度目のレコ屋就労でしたが、1回目は東京時代のジャズ専門のレコード屋だったので、クラシックからアイドル、演歌のカセットまで何でもござれのこのCDショップは、ほぼ180度違うタイプのお店ということになります。要するに、ちょっと勝手が違うわけです。

正直言って、そのショップは地方都市のよくあるちっちゃい何でも屋系。バイト募集のエントリーシートに書いた前のジャズレコ屋は、音楽業界ではそこそこ名が知れていたので、店長や先輩たちに一目置かれて、私はちょっと調子に乗っていたんです。

また、彼女のそばにいたくて青森市に引っ越して来たものの、心のどこかで東京を去ったことに対して「都落ち」的な、または東京にいたことを鼻にかけたような気持ちを持っていたのだとも思います。かっこ悪いですね。

だから、そのショップで働きはじめた頃、そんな自分の「輝かしい経歴」を形にしてお店のみんなに見せつけなくちゃ、と感じていたのでしょう。ああ、かっこ悪いかっこ悪い、イタいイタい(苦笑)。ほんとうはこんなこと書きたくない!

そんなある日のこと。押尾コータローのファンなんですという中年の男性のお客様がいらして、押尾さんのCDについてお店のレジ・カウンターで彼とお話したんです。そこで、話しているうちにむくむく前述の「見せつけなきゃ」欲が出てきちゃったのか、私はトミー・エマニュエルという、まあ押尾さんのような超絶ソロギターの名手のことを「聴いた方がいいですよ」などと何度もオススメしてしまったんです。

その時、押尾さんのCDのお金を払いながらイラッとした表情で言われたのが冒頭の言葉です。

この時点で、このお客様の「イラッ」の原因がはっきりわかる方とわからない方がいらっしゃるかと思います。「見せつけなきゃ」とは言っても、一応接客業ですから「オレはこんなの知ってんだぜ」っていう態度でオススメしたわけではありません。

トミーのことをご存知なかったようだし、そもそも喜んで欲しいからオススメしたわけでして、彼もきっと気に入ると思ったのは間違いないのです。なので当然「こんないい音楽もありますよ」というような感じでお話したのです。

でもお客様はイラッとなさいました。

このイライラ感、女性だとピンときた方もいらっしゃるかと思います。これ、独身女性に対する周りからの「結婚」や「出産」のオススメの構図とまったく同じなのです。

押尾さんのCDが買いたい(独身で生きていきたい)と思っているだけなのに、トミー・エマニュエルのような音楽もありますよ(結婚や出産するという幸せがあるのよ)と言われる。

客観的に見たら、押尾さんの音楽もトミーさんの音楽も両方良い音楽(幸せな人生)なのです。でも、どちらを好むかは所詮その人によります。でもなぜかオススメする側はオススメすることが当たり前のような勢いで接してくるのです。

CDショップでのエピソードは、趣味の音楽の話だから「イラッ」の原因に思い当たりにくかったのですが、確かに周りの人に違う人生をオススメされたらイラつきますわ、私も。

「奥さんもらって子どもを育てて、食わせてやるのが男の幸せじゃないか」とか言われたらもう・・・・(苦笑)。考えるだけでもイラつくので、私は普段「そういう考えは全くない」と必要以上に周りにアピールしてます。しかし現実問題、未だにそういうオススメをされまくる人も多いわけです。私のように予防策をとってすら、言われまくる人もいると聞きます。

と言うか「趣味の音楽の話」と書きましたが、私はむしろ逆に問いかけたいのです。結婚や出産などの人生の選択は、好き嫌いで行われる「趣味の範疇」ではいけないのでしょうか?

例えば、どんな人を友達にするとか、恋愛するとかしないとかって、ある程度その人の好みや趣味に任されます。ところが、その選択のトピックが結婚や出産になった途端に「人としての義務」だの「本能」だの「少子化問題」だの、あたかも結婚や出産が好みや趣味ではないかのように付加価値をつけられます。

この図式の中で、3つの「欲望」が成立します。

1.出産や結婚をしたい(独りで生きたくない)と思う欲望
2.出産や結婚をしたくない(独りで生きたい)と思う欲望
3.出産や結婚する人生をオススメしたい(それ以外の人生を否定したい?)という欲望

このうち1.と3.の欲望を持つ人にとって、「結婚・出産は義務・本能である」というボーナスポイントは、説得力がつけやすいと言うか納得しやすいという利点があると思います。でもそれはほんとうなんでしょうか?

結婚したいとか子どもを産みたいという自分の気持ちが「社会に対する義務」とか本気で信じていますか?

私はそれ、「ただ、したい」という純粋な欲望に過ぎないのではと思っているのです。「過ぎない」と書きましたけれど、別に矮小化しているわけではなく、それでいいじゃないかとも思っています。何かおいしいものを食べたいとか、家が欲しいとか、そういう気持ちと同列にある「欲望」。

そして、欲望の種類は3つなのですが、人の層としては2種類しかありません。2.とそれ以外の2つです。でも、1.と3.の欲望には「マジョリティ」とか「社会的な何か」とかのボーナスポイントがついているので、ただ個人的な欲望としての位置づけ以上に「常識」感が強くなります。

ただ欲望として「子ども欲しい」とか「結婚したい」と感じているだけなのに「当たり前の、一人前の状態になりたい、ならなければ」みたいな気持ちとごっちゃになってしまう。私はそういう、義務感を無自覚にともなった欲望のあり方を「社会が生んだ欲望」と言ってるのですけど。

逆に言うと、その欲望の本来の姿は、2.の結婚や出産を「したくない」という欲望とベクトルが違うだけでまったく同じ種類のものなのではないかと。違うのは、ボーナスポイントがついているかどうかだけ。

もう一度言います。出産や結婚も、ただの欲望じゃんってことです。そして、そう考えた方がむしろ世の中にとって良いのです。

冒頭のCDショップでのエピソードに戻ってみましょう。

私がお客様をイラッとさせてしまったのは、押尾さんを聴くならトミーもでしょ、という勝手な思い込みが押しつけがましかったからです。そして、前のレコ屋で養ったスキルを活用したいという個人的な欲望もそれを後押ししました。でも、ただ押尾さんのCDが買いたかっただけのお客様にとってはただの余計なお世話だったのです。

きっと結婚や出産をオススメしてくる人たちも、自分の趣味や欲望を「この人にも味わって欲しい」という感じで悪気はないのでしょうが、きっとボーナスポイントのせいで、相手がイラッとするかもしれない可能性に鈍感になっているのでしょう。

もしその時の私に、そんな自分勝手な3.の欲望がなければ、特に何も言わなかったかもですし、もっとお客様の気持ちを確かめつつ、もっと違う形でオススメができたかもしれません。

「私は、この手のだとトミー・エマニュエルって人が好きなんですよねー」とか言うにとどめるとか。それでお客様が食いついてくるかどうか、様子を見る。

結局、「したい」も「したくない」もただの欲望なんですから、思った以上に人それぞれのあり方があるはず。つまり、ある意味、他人の欲望や趣味のことなどどうでもいいですし、自分も思ったように生きていい。そういうことなのじゃないかと思います。

あの時のお客様のような気持ちを感じている人は、きっと今の世の中にたくさんいます。でもまあ、言いづらいですし、なかなか正直な気持ちを聴くことってないですよね。でも、人生の真理を衝いた言葉だったなと、今にして思います。ぴしゃっと言って下さったことに今でも感謝しているんです。折に触れ「つまり、そっちを聴けよってことですか?」(+イラッの表情)を反芻しています。

案外、少子化だの非婚者増加に対して「オススメ」が悪影響を与えているのかもしれません。きっとあのお客様も、私のオススメにイラッとしてトミーを聴きたいと思わなくなったでしょうから。同じように、なんかもう、結婚や出産いろいろ言われるからめんどくせー!と感じる人も多いのではないかと。

そう考えると、やっぱり出産だの結婚だののオススメって、やめといた方がトータル的に見てオススメかなあと私は思います。

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コメント6件

わかりやすくてためになりました!
>daijoubuさん オススメって、実はとても難しいですよね! 茄子は私も大好きです!
>CHIORI LONDONさん ありがとうございます。人のオススメは悩む材料にはなっても、ピンとくることってまずほとんどないですから、自分がほんとうにどうしたいかについて悩むことのほうを優先するほうがいいのかなと思っています。あとでうまくいかなかった時、オススメした人のせいにしちゃいますし。
>タカムシカフェさん ありがとうございます!オススメって、悪気がないのが厄介なんですよねえ(笑)
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