「良いとこ探し」が運命の出会いを作り出す

私は青森市在住でポーランドジャズ専門の音楽ライターです。我ながらちょっと変わったプロフィール。でも、この「青森」と「ポーランド」という一見かけ離れた二つの単語には、実はかなり共通点があるのです。

まず、ポーランドと青森市はともに世界と日本で最大のカシス生産地です。カシスと言うとカシスオレンジなどのライトなカクテルを思い出す人も多いでしょうが、実をそのまま食べる、生搾りジュース、ジャム、ステーキのソースなどなどその楽しみ方はいろいろあります。カシスについては前こんな記事↓を書いていましたのでそちらもどうぞ!

その他、りんごがよく採れること、音楽や芸術の偉人を輩出していること、南に山岳地帯・北に海がありその間が平野という青森市とポーランドの地形、人の性格などなどいろんな共通点があります。

私は青森市の「外向け」広報担当だと勝手に自認していて、それらの共通点の面白さを仕事で会う青森県外の人にたくさんお話します。私が青森市在住ということが珍しいためか、みなさん思いついた自分周りの青森ネタをわざわざ振ってくださいますし、何より青森に興味を持ってくださいます。

また、こうした共通点の数々については青森県内にお住いの方たちもご存じないことが多いので、地元の人にも面白がっていただけるんですよね。

で、よくこういうことを言われるんです。

「専門にしているポーランドと共通点のある青森に偶然引っ越してきたって、ものすごい運命ですね!」

確かにそうですよね。私が青森に越してきたのは、就職を青森市に決めた彼女を追いかけてきただけで、別にいくつかの選択肢から選んだわけでもないし、特別な思い入れがあったわけではないんです。

また、東京にいた頃からポーランドのジャズにハマりはじめていましたが、別にそれを仕事にしようなんて青森市に越してきた当初は考えてもいませんでしたし、よもやこの街とそのポーランドに共通点があるなんて。確かに、すごい偶然だし、ものすごく運命的だとは私も思います。

しかしですね。それは順序が逆なんですよ。

運命的な引っ越しだったから青森とポーランドの共通点が私の知るところとなったのではなくて、ポーランドという専門分野を持ち青森市で暮らしながら仕事をするということにメリットを見出すために、ネタを探しまくった結果として、運命的な何かが見えてきたのです。

ライターとしてのセルフブランディングにおいて、ポーランドの音楽専門とか青森市在住というのはひとつの売りになるとは思いますが、それだけではちょこっと面白いネタ止まりでバラバラなんです。でも、その二つの条件に何かつながりがあれば、非常に強力な個性になるし、仕事の種にもなると考えたんです。

それでいろいろ探した結果のカシスでありリンゴであり、なんです。特にカシスについては残念ながら現状では青森市民ですらあまり知らない状態なので、もし私が青森とポーランドの共通点を探すという発想を持たなかったら、私自身も知らないままだったかもしれません。

つまり、その2つの間に共通点があるという事実を、誰も知らないし誰も着目しないままだった可能性があるということです。誰にも認識されない事実は、事実としての存在意義をほぼ失っています。

また、私がポーランド専門というのはかわりがないとしても、相方の赴任先が違えば、住んでいた街はここではなかったかも知れません。でもきっと、その街で私はポーランドとそこの共通点を探したはずです。

それが見つかるかどうかは、確かに運なのかもしれません。でも、探さなければ見つからないということではどこの街に住んでも違いはありません。

その「運命的な何か」は、私が積極的にネタを探したからこそ現れたのだと思うんですよ。そのネタ探しをやらなければ、自分がポーランドと青森の交差点に立っているという価値は生まれなかった。文字通り、ただ青森市に住んでいて、ポーランドの音楽について書いているというプロフィールそのままの状態でしかなかったはずなんです。

これは、人間関係にも言えるのではと最近思うようになりました。

配偶者や恋人でもいいですし、友達でもいいです。その人と何か気が合うところがあったから、ただの他人からもう少し距離が近い関係になったのだと思います。でもそれは単なるはじまりにすぎません。私が青森市に引っ越したようなものです。

その人との関係をより良いものに深めていくには、その人の中の「自分にとって好ましく思える部分」を探そうとする意志が大切なのではないでしょうか。その人の「いいなあ」と思えるところをちゃんと理解しようという気持ちが、心の距離を縮める。

よく「釣った魚にエサはやらない」と言いますが、当然そんなんじゃ良好な関係を保てないですよね。「こいつ、やっぱいい奴だなあ」とか「ああ、彼女のこと、好きだな」と感じ続けるためには、彼や彼女の美点が向こうからやってくるのを待っているのではなく、その人の良いところをもっと見たいと願う気持ちが不可欠なのです。

その気持ちがあってはじめて、関係が深まっていく。私は大学生の時に今の彼女に出会って以来ずっとぞっこんなのですが、それは相方の良いところをもっと見ようという気持ちがあるから。20年以上付き合ってきた今でも「ああ、こういうとこ、面白い人だな」とか「ここは良いな」と毎日のように発見しています。

もちろん嫌なところも見つけてしまいますが、それを補って余りある「良いとこ」が見つかります。そうした作業を続けてきたことが、20年以上の付き合いにつながっていて、私たちの関係が「運命の出会い」的な特別な何かになっているのだと思います。

私が青森と運命の出会いを果たせたのは、専門分野のポーランドとの共通点を一生懸命探したからです。ただ漫然と暮らしていたのでは、きっとそれらは見えてこなかったはず。また、そうした嗅覚を常に鋭敏にしておくことで、いくつか鳥肌が立つような偶然の発見や出会いに恵まれましたし、そうしたことが重なってようやく「この街に越してきたのは運命なのかもしれない」と思えるようになったわけです。

確かに「事実」は目の前にある。でも、それをちゃんと認識できるかどうかは「意志」があるかどうかにかかっているんです。ちゃんと掴むつもりで目を凝らしていなければ、大事な何かは日常を素通りしていってしまうのだと思います。

住む街でも大切な人でもお気に入りのお店でもいいですが、自分の日常にとって大事な意味を持つ何かとの関係が「運命の出会い」になるかどうかは、運命ではなくて私たち自身の意志にかかっているのではないでしょうか。

ほんとうに大切なら、自分から良いとこいっぱい探しましょう!

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オラシオ

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オラシオ

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