「なりたい自分」と「ならない自分」

年下の友人(複数)からよく「もっと○○な人間にならなきゃって思うんですよ」みたいなことを言われます。

友人たちの年齢層は大体20代半ばから30代前半くらいまで。そして、クリエイティブ系で働いている人が多い感じです。

まあ言ってみれば、年齢的にもジャンル的にも世の中で一番「成長する」ということに飢えている人たちと言っていいかも知れません。

私は文章書きではありますがクリエイターではないですし、もう40代半ば手前のオッサンですから、友人たちのそうした気持ちを経験として知ってはいても、共感はできないというのが本音です。

さて、そうした友人たちから漏れた切実な言葉の先には、彼ら彼女らにとってのロールモデルが必ず存在します。

音楽とかアートとかまあ何でもいいんですが、とにかくクリエイティヴ業界って信じられないような超人がごろごろいるんです。それは私の属する世界、音楽ライター業界でも同じです。

世間で「まともじゃない」と思われている世界には当然「まともじゃない」人たちが集います。

でもその超人的な先輩方は、ただ単にキャラが立ってるとかじゃなくて、実際に偉業を成し遂げている人たちでもあります。要するに誇るべき実績がある人たちです。

そうすると、超人でもなく実績もない私たち周りの凡人はこう考えます。

「こういう人にならなきゃ、あんなすごい結果が出せないんだ」

これはもちろん私も通った道で、尊敬する先輩の超人ぶりなどなどを下から見上げて「やっぱり、ああいう人でないとダメなんだろうなあ」と考えていた時期もありました。

その憧れの気持ち自体は、人として健全なものだし、一度は通っておいた方が良い感情なのではないかと私は思っています。

が、こうも思うのです。

それって、頑張ってなれるもんなの?と。

30代前半くらいまでは、何となく想い描く「なりたい自分」に向けて何となく努力してました。

もっとこうでなきゃ、もっとああでなきゃ・・・と自分の中に満たすべき基準を設けて、そこに向けて自分の人格を矯正・調整していくというような感じでしょうか。

でも、年齢も40手前になって、実際に自分もフリーランスになってみて自分の仕事に対してどういう対価や評価が与えられるのかを現実として知ってみると、それまで持っていた「なりたい自分」のほとんどが自分には無理なものであることを悟りました。

この世には本当に、毎日1~2時間寝るだけで働き続けられる人や、時代の波を読んで何度も結果を出す人や、いくらでもアイディアが出せる人や、誰とでも会うなり友達になれてしまうような人、要するに超人たちが存在します。もっと破天荒な人たちもいます。

しかし、それらはその人たちのスキルではなくて、もはや人格と同じなんです。他人の人格を「なりたい自分」に設定しても、やっぱりそれは身につけられないのではないでしょうか。

物事をのちのちまでくよくよ考えてしまう人が、綺麗さっぱり都合の悪いことを忘れる性格にはなれません。世の中を斜めに見て、若干疑り深い視点の人が、素直に何でも感動する人にはなれません。人付き合いがあまり得意でない人が、社交的な人間に生まれ変わることはできません。草食系の人が肉食系になれないでしょう(笑)

憧れるのはいいし、そういう風になるためにはどうすれば、と努力してみるのも良いと思います。でも、その努力はきっと「なりたい自分になれた」という形では報われません。海外支社に転勤するから英語を勉強しようという類のものではないからです。

じゃあどうすればいいのか。ひとつの考え方を書きます。

私は最近「ならない自分」というものを基準に生きるようにしています。他人をロールモデルに、その人を「なりたい自分」に設定するような考え方はもうやめました。だって、なれないんですもん。

だから、所詮自分はこの自分でしかないというところから何事も出発して考えるようにしています。

例えば、私の収入は微々たるものなので、ガンガン東京や外国に行って取材するというのは無理です。それは厳然たる事実なのです。そういうことを出来ている先輩たちがいるのは、もちろん知っています。でも自分はそうじゃありません。

というところから出発すると、ない金を何で補填するかとか、いつ何に取材に行くべきかとか照準を合わせることを考えるようになります。実際、先月のポーランド取材もポーランド広報文化センターやポーランドの文化機関に資金補助してもらいました。

また、ガンガンイベントを立ち上げて、いろんな人とつながって何か大きなムーヴメントを作っていくというのも、どうやら自分の性格では無理なのがわかってきました。

だからと言って「何もやらない」というわけではない。そんな自分にできることを毎日考えていますし、また逆に、独りでもできることについてもシミュレーションするようになります。

要するに「ならない自分」を見つめ直すということは、他の人にはない自分の利点を見つけ出す作業なのだと思います。青森在住やポーランド専門とかわざわざ言うのも、そうした作業の中から生まれた方針です。

個人的には「この道で成功するには、こういう人じゃなきゃ」というのは何だか窮屈だし、つまんないと思います。その人たちが成功したのはそういう人格やキャラだからではなくて、自分なりのやり方を見つけてそれを最大限利用したからではないでしょうか。

人が外から見て何を「成功」とみなすのかはよくわからない部分もありますが、少なくとも「ならない自分」として生きる方が気持ちは楽です。そして、人はリラックスしている時の方が良いものを生み出すと思っています。

まあ、こういうことを言う人間は基本怠け者で、努力しない言い訳にしがちなのも、よくわかっていますけどね。私がまさにそうですから(笑)

でも、そういう自分を基準に考えて仕事をして行くしかない。今さら生まれ変わって勤勉で真面目な人間にはなれないです。それでも、そこから生まれるものが、きっとあるはずだと私は考えています。

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「なりたい自分」と「ならない自分」

オラシオ

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