嫉妬を感じるのは悪いことではないけれど、その嫉妬をどう表現するかで悪いことに変わる

みなさんは、誰かに嫉妬を感じる時がありますか。

まあ、ありますよね。人間ですものね。かく言う私も、嫉妬の炎に焼かれる時がたくさんあります。

幸いなことに、相方が全然他人と関わろうとしない変な人なので、恋愛関係で嫉妬を感じるようなシチュエーションはこれまでほぼありませんでした。私たちが四半世紀もの間長く付き合い続けていられるのは、お互い全然モテないので、「あいつに相方をとられるかも」という危機感を感じないで済んでいるからというのはあると思います。

では私の嫉妬はどういう時に炎上するか。もうみなさんわかってますよね。はい、仕事ですね。正直言うと、SNSなどで垣間見る成功譚にジェラってたまらない時、あります。同様に、ひょっとしたら私にジェラる人もいるのかもしれません。

嫉妬という感情の良くないところは、真面目な人間ほど、嫉妬を感じた後に自己嫌悪に突き落とされるというネガティヴオプションがついていることです。

「こんなに人が妬ましいオレ、ダメな奴だな。器がちっせえな」とさらに落ち込みます。私もいちおう真面目系のほうの人間なので、嫉妬を感じるたびに、恥ずかしくて後で「あああああ!」ともだえ苦しんでいます。

しかしですね。最近こう考え直すようになりました。

「嫉妬なんて、誰でもするんだから、別にいんじゃね? つーか、嫉妬しない奴なんていねーし。みんな器が小さい仲間じゃんね」

あ、すみません、無理してくだけた言葉を使いましたが、まあとにかくそういう感じで徐々に開き直ることができつつあります。

そう、嫉妬という感情それ自体は、別に悪いことではないし、人間として普通の感情ですよね。だから、別にいいんですよ。嫉妬は全然恥ずかしくない! むしろ嫉妬しろオレ!くらいな勢いでいればいいんじゃないでしょうか。

ただし。その嫉妬が自分の中で渦巻いているぶんには何の問題もないんですが、それが「発信」「表現」という外向きの行いとつながると、悪いことではないはずの嫉妬が、そうではなくなる可能性があるんですね。

嫉妬のあまり、その嫉妬の対象を攻撃したり感情的に批判したり、あるいは「オレ、嫉妬から書いてるんじゃないもんね。助言ですよ」というふりをして理屈っぽくネチネチと絡んだりしたら、それはアウトですよね。というか、傍から見てたら完全にカッコわるいですよね。

私はこれを「性欲と性暴力(や浮気)の関係」に例えます。

男女に限らず、日常の中で不特定多数の誰かに対し性欲を抱いたり、妙に触りたくなったり、あるいは浮気したくなったりということはあり得ると思います。そのこと自体は、決して責められるべきことではありません。

しかし、それを実行に移すとなれば話は違います。性暴力がほんとうに性欲から来ているかどうかは疑問の余地があり、ジェンダー内の権力差の影響も大きいと思うのですが、ひとまずここでは性欲が性暴力を起こさせると「仮定」しますね。

道行く女性にムラっと来たからって、押し倒しませんよね。電車で目の前に立っている男性の首筋がおいしそうに見えたからって、舐めたりしませんよね。パートナーじゃない人を好きになったからって、いきなりアプローチかけませんよね。

それはやはり、そうした行いが問答無用に「ダメ」だからです。その行いを喚起させる元の感情自体は誰にでもあるものでも、それが「誰にでもあるから許される」とされるのは、心の中で留まっているからです。つまり、みんな行為には結びつけないで、内心で悶々としているという前提がある。

実行に移すような人は、すでに「誰にでもある感情」の「誰にでも」の範囲を逸脱してしまっています。その感情が行為と結びついた時に、その感情自体も邪悪なものになってしまうのだと思います。

少し単純化してしまいましたが、嫉妬とその発信も同じような構図が当てはまると私は思っています。嫉妬自体は別に醜くないのに、なぜかその嫉妬を醜く発信してしまう。口汚い言葉で罵ったり、べたべたしたジェラシーをそのまま吐き出して、それに触れる人をげんなりさせたりする。

実際、ネガティヴな感情をうまく発信するのは至難のわざです。そして、時にネガティヴな感情は他者への攻撃に形を変えてしまうんですね。嫉妬は別に恥ずかしくないけど、それを理由に人を攻撃したらあなたや私はとても恥ずかしい人間になってしまいます。

その線引きをどうするかが、人として、大人として問われているところだと思うし、逆に言うと、その線をどうしても引けずに嫉妬のようなネガティヴな感情がすぐに何かの加害的行為に直結してしまう人は、何らかの病を抱えているのかもしれません。

欲望やネガティヴな感情は、ストレートにそのまま表現してしまうと途端にその豊かさを失い、つまらないものになってしまうのだと思います。

ただ、その線引きさえできていれば、どんなにかっこわるくて恥ずかしくて器が小さいネガティヴシンキングでも、まったく悪くない。おおいにその感情をふくらませればいい。引け目なんて何も感じることもない。

みんなきっと、同じように器が小さいんですよ。あなたも私も。だからいいんじゃないですか。

少し前まではSNSとかにネガティヴなことを書くのは厳禁!みたいな共通認識がありましたが、最近はそうでもないですよね。ネガティヴなことを書いているのに読ませてしまう、あるいは共感を呼ぶ優れた発信者が増えてきたんです。

元の感情自体がデフォルトでダメなのではなくて、ただ単に今まではそうした感情をダメじゃなく発信できる人が少なかっただけなんだと思います。その感情の立ち位置を良くも悪くも左右するのは、どんな行為に結びつくか、ということなんでしょうね。

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オラシオ

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