その昔パジャマ姿の女友達の部屋に上がったことがある、という話(娘と性交した父親に無罪判決が出た件について)

数日前。朝からこのニュース↓を読んで胸糞が悪くなってしまった。

「被害者の人格を完全に支配し、強い従属関係にあったとまでは認めがたい」「抗拒不能の状態にまで至っていたと断定するには、なお合理的な疑いが残る」

はあ? 人格を完全に支配って何? 合理的疑いが残るって?

この国では、誰もがぐうの音も出せないほどに性暴力や虐待によって完璧に痛めつけられなければ、罪の存在さえ認められないのだろうか。

そもそも、人格を完全に支配するというのはどんな状態のことを指すのだろう。「そこまでひどくない」と指摘するのはたやすい。でも「文句のつけようのないひどさ」を規定するのはとても難しい。

人格を完全に支配した状態、というものがどういうものなのかその場にいた全員が理解できていないという環境下の「そこまでひどくなかったから、無罪」の判決は、空虚なものに思える。

この無罪判決が有罪になるためのハードルのとてつもない高さについては、伊藤和子さんの↓の記事が詳しい

今回の判決のニュースを読んで、思い出したことがある。ある女友達のアパートの部屋に用事があって訪ねた時の話だ。ちなみに、彼女ではなく、まったくの友達だ。お互いに、恋愛感情は皆無だった。

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その昔パジャマ姿の女友達の部屋に上がったことがある、という話(娘と性交した父親に無罪判決が出た件について)

オラシオ

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