あの時の言葉は「救い」だったのか

まだ10代後半の頃「自分がドロップアウトしたり不良になるとしたら、それは自分が7割悪いのであって、親や環境の責任は3割だ」という自説を周りの人によく言っていた。

うちは母が子連れ再婚で今の父と結婚したステップファミリーで、いろいろあって両親はYという名字なのだけど、僕だけがシラオという前の父の名字のままというかなり変則的な環境だった。

幸いなことに、僕たち親子3人自体は非常に仲も良く、お互いを信頼し合う家族になれたのだけれど、そのかわり父母両方の家族が持ち込んでくる厄介ごとのせいでちょっとした「大人の事情修羅場」みたいなことになることが日常茶飯事だった。

また父と母が通っていた定時制高校時代の友達とも家族ぐるみでつきあっていたのだが、それぞれの家がそれぞれの経緯でちょっとした家庭崩壊をして行くのを子どもの頃からつぶさに見続けてもいた。

うちの両親の変なところは、そうした大人の事情の一切合切から幼い僕を遠ざけることをしなかったというところだと思う。とにかく、僕が寝てでもしない限りは、普通に僕の目の前ですべてが起こっていたし、大の大人が感情もあらわにいろんなことを言っていた。

そういう環境を「恥ずかしい」ものとは思っていなかったので、学校の同級生とかにバンバン話していたのだが、いま考えると、話される本人にとってはそんな僕のスタンスはやや露悪的めいて映っただろうし、ひそかに「こいつ、大丈夫かな」と心配していた人もいただろうと思う。

実際、僕はそうやって家で展開される修羅場について「何気ない家庭のワンシーン」っぽく話すことで「こんなの、たいしたことない」と思い込もうとしていたのかもしれない。

今冷静に記憶をたどってみると、それほど家はいつもめちゃくちゃだった。

母方の親戚は特にダメな人が多かったので、そんな人たちを見て育った子どもの僕の中に「こんな人たちと同じようになってはいけない」という強迫観念が澱のようにたまっていった。そして、その感情は離婚した母にも向けられており「再婚はうまく行ったようだけど、僕が結婚するなら最初から失敗しない」などと考えていた。

その頃の僕は、歪に自分を律していて「人の陰口を叩かない。信号無視もしない。例え独りだけの時でも、衆人環視の中のように恥ずかしくない行動をする」なんてバカなことを自らに課しており、そんなことだけで頭がいっぱいになっていた。

とにかくドロップアウトしちゃいけない。親戚たちのようになっちゃいけない。

ほんとうは怠け者で努力もできなければ根性もない自分が、低いほうへ流れて行ってしまう水のように芯のない性格の持ち主だと、うすうすわかっていたのだと思う。でも、ダメな人たちと同じになりたくなくて、とにかく自分なりに必死だったのだ。

そしてもうひとつ当時の僕が囚われている考え方があった。それは、半ばドロップアウトしたり家庭崩壊したりしている親しい周りの人たちがそうなった理由のほぼすべては、その人たちの人格の至らなさが占めるというものだ。

子どもならではの、ある種の潔癖性が生んだ考え方だと今ではわかる。

そんな考え方を持っていたその頃の僕が、しきりに口にしていたのが「ドロップアウトするのは本人が7割悪い」という、冒頭に紹介した自説なのだ。

つい最近、東海テレビの有名なドキュメンタリー映画『ヤクザと憲法』をケーブルテレビで見て、読売新聞社会部の記者たちが著した『貧困 子供のSOS』という本を読んだ。その内容は、その頃のことをはっきりと思い出させるものだった。

社会には、残念ながら個人の資質や性格だけでは乗り越えられないような困難がたくさん存在する。特に後者でレポートされている貧困家庭の子どもの成育環境は、もはや個人の努力どうこうではどうにもならないほどの凄絶なものがほとんどだ。

凄まじい努力と、社会が手を差し伸べてくれる「運」(これを運と言ってしまわなければならない状況はつらい)が伴わなければその子どもたちも親も「普通」でさえいられないのだ。なぜそうなんだろう。いつも考えてしまう。

前者で出てくる「暴力団排除条例」に追い詰められているヤクザたちも、人に騙され続けてまともに働くのに嫌気がさし、その時たまたま助けてくれた組長に惹かれヤクザになった人もいて、おそらく学校でのいじめや家庭不和が原因で社会にいづらくなったのだろう若者が住み込みの見習いになったりもしている。

そして、そこで出てくる組長も「(ヤクザをやめたとして)誰が受け容れてくれる?」「わしらの子どもまで差別されるのはおかしいやろ」と言ってて、つまり例えばヤクザを辞めた人や現ヤクザの子どもたちは、ある意味貧困家庭の人たちと同じように、自分ではどうしようもできないところに追いやられているわけだ。

そして、そのような環境に閉じ込められた人たちは「自己肯定感」が低いと言われることが多い。少なくとも僕がこれまで読んできた本ではそのように書いていることが多かった。また、実際に周りの人を見ても、貧しかったりいろんな理由で厳しい生活を送っている人は確かに自分に対する自信があまりないし、投げやりになっている人の割合が高い。

今、思春期の頃の自分を振り返って改めて思うのだ。

「ドロップアウトするのは自分が7割悪いんや」と半ば自分への戒めとして繰り返し言っていたそれは、何重もの意味で危険な境界線にある言葉なのだと。

まず最初に、明らかに環境のせいなのに「自分のせい」と断定してしまう考え方は、様々な理由で困難の中にいる人たちへの差別に知らずと加担している。どんなに頑張っても這い上がれない(もちろんできる人も「ごくまれに」いるけれど)環境にいる人をすべて「努力が足りない」とかんたんに片づけてしまえるのだ。

個人的には「努力が足りない論」は、自分が「普通の環境」という下駄をはかされて生きていることがわかっていない人の錯覚か、一握りの成功者が「自分とは関係ない人たちについての余計なあれこれは考えない」ですむように発明した言い訳だと思う。

そしてもうひとつ。当時の僕は、要するに「まだ自分はドロップアウトしてない」「あんな奴らとは違う」とまるで自己肯定感が高いように言っていたわけだけど、それは結局「自分の弱さのせいで、歪んでしまうかもしれない」という自己肯定感の低さの裏返しなのだ。

まだヤバいところに行ってない自分は「努力も能力も足りている人間だから、大丈夫なんだ」と必死に言い聞かせていたのだと思う。自己催眠のようなものだろうか。

当時の僕が「もしダメになっちゃうとしたら」という仮定を胸に自分を戒め続けるのと、「こんなダメになっているのは、自分が悪いんだろう」という、困難な環境にいる人たちの自己肯定感の低さは、現状どういう環境にいるかということにかかわらず、結局同じことなのではないだろうか。

この現代社会では、自己肯定感の低さが、困難から這い上がるのにブレーキをかけたり、つまづいたまま落ちて行ってしまったりの原因になるともよく言われている。当たり前だ。自分に全然自信が持てなければ、頑張る気力も生まれない。

あの時「落ちるのは、自分のせいが7割」と言ってた僕は、実は自己肯定感がほんとうに低くなる一歩手前だったのだろう。そっち側に行ってしまってたらどうだったんだろう。

でも僕には幸いなことに、どんなに周りの環境がむちゃくちゃでもいつも味方をしてくれた両親もいたし、自説を言った時にそれを聴いた人たちはいつもこう言ってくれた。

「その7割と3割は逆とちゃうんかなあ」

今思えば、その言葉は「救い」の糸だったのだ。ほんとうに逆(環境のせいが7割)だと考えていたからなのか、それとも僕の言葉や態度にちょっと危険な兆候を感じとったからなのかも知れないし、どちらなのかはわからない。

しかし、その言葉を聴くことで当時の僕はうっすら「そうか、自分のせいじゃないんだな」と気づきはじめたのかもしれない。そして、そのことに安堵をおぼえたのかもしれない。

今の僕は、むちゃくちゃ自己肯定感が高いし、音楽ライターなんてドロップアウトした生き方をしつつも楽しく暮らしている。そしてかつての自説は完全にひっくり返り、人の努力ではどうにもならないことがたくさんあるのを理解している。

それは別に自分が這い上がったわけでも死ぬほど努力したわけでもなくて、ただただ支えてくれる人や僕を肯定してくれる人がいたからだ。運が良かっただけなのだ。もちろん、運ではダメで、ちゃんと社会の制度があらゆる人をとりあえず「人間らしい生活」に引き上げるところがようやくゼロ地点なのだと強く思う。僕を支えてくれた人たちと同じ役割を、社会が果たさなきゃいけないのだ。

かつて、自己肯定感が低くなりかけるような環境で育ってきた子どもだったからこそ、強く思う。

人が歪んだり生きて行くのにくじけたりしてしまうのは、環境が7割悪くて、本人のせいなのはせいぜい3割くらい。だからみんながまともに生きて行ける環境を整えるべきなのだ。

でもとりあえず、あの頃「その割合は逆やで」と僕に言ってくれたすべての人に「もうちょっとであっち側に行ってしまうところを引き留めてくれてありがとう」と改めてお礼を言いたい。

僕は何とか楽しく生きていますよ。

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あの時の言葉は「救い」だったのか

オラシオ

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オラシオ

ライター、コラムニスト。青森市在住。『中央ヨーロッパ現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド』(DU BOOKS)監修。コンピCD『ポーランド・ピアニズム』『ポーランド・リリシズム』(コアポート)選曲・解説。ご依頼はaladyhasnoname@yahoo.co.jp
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