男と女のABC問題 解答8

「あたし、やっとC君に告白できたよ! 祝ってくれるでしょ?」

やっとも何も、オレはBがそんな気持ちを抱えていたなんて聴いてない。これぞ青天の霹靂。

Cとサシでよく飲んでいるとはよく言ってた。しかし、それはオレと同じように「友達として」だったはずだろ? なんでずっとそんなふりしてたの?

何よりもオレを打ちのめしたのは、Cが社内きってのイケメンだと噂が聞こえていた後輩だったことだ。

君は、イケメンが好みだったの?

オレとBは会社の同期。社内合同研修合宿の後に違う部署に配属されてからは、偶然社内ですれ違う時以外はほとんど顔を合わせることがなかったが、あるプロジェクトで何度か言葉を交わすことがあって、その時の雑談で同じマイナー映画監督が好きだとわかり、半分情報交換目的で一緒に飲むようになった。それから数年、社内で会う回数の軽く数倍以上、プライベートで飲んでいる。

友人として、オレは節度ある態度をずっととってきたと思う。でも、どこかで気づいていた。オレは彼女の美貌に惹かれているんだと。あのプロジェクトではじめて話した時、すげー美人としゃべってるなオレ、ラッキーと少しは考えた。合宿の時から、彼女は同期たちの目を引いていた。たぶんBは、オレにとっても出会った中で一、二を争う美女だ。

だからこそ、オレはムキになって友人でいることを選んだ。ちょっとは人生とかプライベートな話もしたけれど、彼女とサシで飲む時はほとんどが映画の話ばかりだったし、艶っぽい話なんてしたことがなかった。でも、彼女の言葉の端々から、そのルックスが原因であまりいい思いはしていないことが何となく察せられた。妬みとかもあるのだろう。

しかし、顔が理由で損をしているのはオレも同じだ。公私共に認めるブサメンのオレは、この20数年間ただの一度もモテたことがない。と言うか、恋愛の経験もない。オレなんかと付き合ってくれる女の子はいなかった。大好きな映画でもマンガでも小説でも「ブサイクはモテない」という世界共通のルールは嫌と言うほど徹底されていたけど、なるほど実生活はそのリアリズムをちゃんと裏付けてくれた。

だから、Bがオレと友達として一緒に飲んでくれてるからって、つけあがらないようにしようと一生懸命自分に言い聞かせてきたんだ。

そんなオレの決意が揺らいだのは、同じ部の女の子たちがBの噂をしているのを聞いた時だった。彼女はこれまで社内の男から何人も言い寄られていたのだけど、ことごとく「興味ないので」の一言で振ってきたらしいのだ。

同僚たちによると、一緒に食事に行くチャンスすら与えなかったそうだ。おしゃべり好きの彼女らから聴いた中で、オレはもうひとつのことを知った。彼女はオレとふたりで飲んでいることを周りに隠しているっぽい。彼女らにも、Bの部署の人たちにも知られていないというのはそういうことだろう。

彼女は、オレとの関係を特別なものだと思ってくれているんだ。

はじめて言葉を交わしたあの時に感じたはしゃいだ気持ちが、オレの中にゆっくりと甦ってきた。そして、彼女みたいな「選択権を持つ側の美女」が、オレのブサイクな外見に惑わされず、人間を見てくれてるんだということに、温かいものを感じた。

じっくりと彼女との距離を縮めつつ、オレの気持ちをいつか伝えよう。そう思って、気の置けない友人というスタンスでずっとサシで飲んできたんだ。オレはこの状態に、ぬるく浸かりきっていた。だから、彼女が口にする話題にCの名前がちょくちょく登場するようになっても、危機感は抱いてなかった。

だって、Bはオレとのこの関係を大事にしてるんだから。顔のことなんかどうでもいい、男を見る目があるBは、イケメンで噂のCのことはただの飲み友達としか思ってないよ。

ブサイクがBみたいな美女とふたりきりで飲みを重ねられる。こんなイレギュラーな出来事は、バカな錯覚を男に抱かせるんだ。わざわざこのオレを選んでいるのには、理由があるに違いないって。

実際Bは、Cに惚れているだなんてオレに一言も言ったことがなかった。と言うか、彼女は遠回しに相談していたのに、オレは全部自分の都合のいいように受け取っていただけなのか?

「C君はカッコいいから、あたしがアタックかけてもOKしないと思ってた。この顔のせいで、こっちから近づいた時はいつも相手が尻込みしてうまくいかなかったの。だからすごく嬉しい。今まであたしが好きになった時にまともに恋愛に発展したことなんてなかったんだもん。A君も、祝ってくれるでしょ?」

上気した満面の笑顔でオレに告げるB。こんな時でも、彼女の顔が美しいと思ってしまう自分がまた情けない。

君は、本当にそんなに鈍感なの? それとも気づかないふりをしているの? オレとふたりで築いてきた時間は何だったの?

いつかBにこの気持ちを告げる日を夢見て、誠実に振る舞ってきたオレの努力は、無駄だったんだろうか。何より、ブサイクなオレが、誰もが認めるイケメンのCに負けたという当たり前の結果に、ガッカリした。

オレはしょせんただの友達、「いい人、いい人、どうでもいい人」というやつなのか。オレが費やした時間の何分の一の短さで、カッコいいCはBの気持ちをつかんだんだ。

周りから見たら、当然のことだろうよ。

負けるならせめて、もっとパッとしない奴であって欲しかった。オレはこの先、普通にイケメンを選んだBへの失望感も一緒に抱え込まなくちゃいけないんだ。ただでさえ、失恋で胸が痛いのに。

オレの中身を好きでいてくれてるなんて、やっぱり夢物語だったな。

通り一遍の祝いの言葉を何とか口にして、その夜は早めに彼女と別れた。そして、彼女からの誘いはその日以来ぱったり来なくなった。社内ですれ違う時は気持ちがささくれだったが、そういう場合はお互いもともと素っ気なく振る舞う習慣がついていたので、いつも通りにするだけ。こちらからメールできるわけもなく、オレはしばらくぶりに独りきりの人生に戻った。

もともと、自分の恋愛に期待してない。彼女ができるなんて、何かの間違い。数か月経って、そういう本来の自分の感覚を取り戻しつつあったある日、突然Bからメールが届いた。

「C君が浮気して、喧嘩して別れた。泣きたい。話を聴いてよ」

読んだ瞬間、なぜかCよりBに対しての怒りがわいた。大事な友達だと言っておきながら、男と付き合い始めたとたんに連絡すらしてこないような薄情な態度だったのに、傷ついたら相談に乗ってくれって?

オレは君にとって何なの? そんなに都合がいい存在なのかよ。やっぱりBは、オレの気持ちに気づいていて、でも知らぬふりをしてたんだという思いが突然あふれてきた。だから、今こうやってオレの好意を再利用しようとするんだ。

でも、今度こそ彼女にこの気持ちを伝えるチャンスを取り戻せるかもしれない。それとも、また彼女が他の奴と付き合い始めるまでの「お友達期間」を充実させるだけで終わるのか。

どこかで、彼女とまたゆっくり話したいと思っている自分もいる。彼女の整った顔を、その笑顔を、ふたりだけの飲みならではの距離で眺める時間は、どう言い繕っても、オレにとって最高のものなんだ。

Bは結局、オレのことをどう思っているんだ。そして、オレはこの彼女の手のひら返したような態度に、どう対応すればいいんだ。彼女を突き放してしまうべきなのか。それとも、優しい友達として慰める?

メールをタイプする指が、スマホの画面に触れないままでいつまでも動かない。会いたかったはずなのに、どこかでそれを拒んでいる自分がいる。

そう、どう応えるにしても、オレとBが今以上の関係に進めないとどこかでわかってるんだ。ただ、また傷つくか、もう関係を切るかだけの違いの気がする。だって、それがオレの恋愛人生だから。ほんのいっとき、あんな美女と友達だっただけで儲けもんじゃないか。

ひたすらグルグルと思いが廻る。オレは、このメールを書き終えられるんだろうか。

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オラシオ

男と女のABC問題

フリーの若い男女男をめぐるショートショート・シリーズ。さまざまな恋が実ったり破れたり、はたまた生まれもしなかったり。
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