痴漢問題を「男」が考えた その1

*最初ひとつの記事として書いていましたが、途中まで書いて長くなりそうなので分けて連載にします。ちょこちょこお読みください。

11/21、下北沢の本屋さんB&Bで行われたトークイベント「電車内の性犯罪をなくしたい! 被害をなくすためにできることは?」に行って来ました。漫画家の田房永子さん、ライターの小川たまかさん、モデルの前濱瞳さんによる対談形式のイベントです。イベントや、前段階でチェックしておくべきものについては小川さんのこの記事がわかりやすくて良いです。

トークバラエティのネタパネルのようなものを見ながら、お三方が話したいネタをそれぞれの視点から語っていくという形式で進められた対談は、特に田房さんのテンションの高いユーモア混じりの口調もあり、時折爆笑を誘う、とてもわかりやすい内容だったと思います。私もプロの書き手なので、伝えたいことを一番伝えたいところに届けるには慎重にプランニングされた「切り口」が必要だと考えています。なので、笑いを誘うネタで聴く人の理解を進めるというのもすごく良いやり方だと思いました。もちろん、ジレンマもあるでしょうが。

痴漢撲滅を訴えるポスターが、まるで制作当事者が楽しんでやっているかのようなデザインで、しかも加害者の姿が不在だという田房さんの鋭い指摘にはなるほどとうなずかされました。とは言え、それらのポスターはやはり何だか笑えてしまうもので、私を含め、この日のイベントに来場した人はこれからそういうポスターを目にしたらいろいろ考えるようになります。

いろいろなネタが語られたものの、全体を通したテーマは「痴漢という性暴力犯罪のあらゆる現実が圧倒的に知られていない」だったと私は思います。田房さんが痴漢について書き始めたころ、痴漢被害者について書かれた本がまったくなかったのだそうです。確かに数年前くらいだと、加害者について書かれた本は私もいくつか見ましたが、被害者についてのものはほぼ見当たらなかった記憶があります。また、田房さんご自身も自分が学生の頃に遭っていた痴漢が今も続いているということを知らなかったそうです。そしてそれは、このような性暴力を受けるということがどんなダメージを受けるのか、被害者以外はよく知らない日本社会の現状の裏返しでもあります。

なぜこんなに知られていないのでしょう。

私は17歳の時に大阪の地下鉄で中年男性から痴漢に遭いました。超満員すし詰め状態で有名な路線で、体が動かせないその時、汗ばんだ手で手を握ったり撫でまわされました。猛烈に気持ち悪かった。今でも思い出すことがあります。あの感触を。次の駅に着くと私は手を振り払い、電車を降りて逃げました。

トーク中、男性も意外なほど多く痴漢被害に遭っているというデータが出ました。でも、たいてい被害はその一回で終わるので、ショックが醒めたらあとで笑いのネタとして話すことがほとんどなのだという指摘も鋭かったです。そういうところにも男性と女性の温度差があるんですよね。そう、確かに私もいつもネタとして話していました。でも、笑いに包んでいるとは言え、やはり私はあの気持ち悪さを訴えたいと思って話しています。だって気持ち悪いんだよ。あれが頻繁に続いたら、自分の心は壊れてしまうのではないかという恐怖。他者に断りもなく体を触られるって、電車内の痴漢に限らず、そういうことでしょう?

痴漢されたことがあろうがなかろうが男だろうが女だろうが、その恐怖は本来同じもののはず。どうして人は想像できないのでしょうか。と言うか、想像できないから奴らは痴漢するのでしょうか。

前濱さんの、最寄り駅から後をつけてくる男たちの話は正直かなり不気味でした。玄関に金属バットを常備し、入ってこようとしたら振り回して追い払うのだそうです。ゾンビ映画か! 田房さんはイカれた人のふりをすると言い、その真似をして爆笑を誘っていました。でも、それを聴きながら私はこんな記憶を引き出していました。

大学時代、なじみのジャズ喫茶で飲んだ帰り道、気が付くと後ろからずーっと当時の自分と同じくらいの年齢の女性がついてきていました。私がひとり暮らししていたアパートは細い道にいったん入ったところにあったのですが、そこまで女性もついてきました。さすがにおかしいと思って「何か用ですか?」と訊いたら「あれっ?」とか言って首を傾げ、戻って行きました。動きもふらふらしていてちょっと様子がおかしかった。それを後日先輩に話すと「なんだ、せっかくなんだから連れ込んでやっちゃえば良かったのに」と言われました。これにはかなり衝撃を受けました。

今回のイベントは、前半終了時にアンケートを回収し、そこに書かれていることを参考に後半の話を進めるという構成だということなので、「女性が男性より肉体的に強い社会になれば、痴漢はなくなると思いますか?」と質問を書いてみました。私がそう思っているというより、ネタとして叩き台になればいいかなと思って書きました。

前濱さんが読み上げてネタにしてくださったのですが、3人とも「肉体的に強いかどうかが問題じゃない。今の社会がそうさせているんだ」という風におっしゃっていました(と記憶しています)。私もそう思います。でも、そういう社会になったのはなぜなんでしょう。

もう一度大学時代のエピソードに戻ってみます。先輩の言葉で衝撃だったのは、彼が「男は性において主導権を握っている」ということを疑っていないという事実でした。学生時代のこの記憶のこともあり、前々から性暴力犯罪には「ほんとうに性欲なのか?」と疑問を持っていました。征服したい、その場における圧倒的な主導権を実感したいということが動機なのじゃないかと。性暴力犯罪の加害者研究の名著『刑事司法とジェンダー』(牧野雅子)を読んでもそういうことが書かれていて、自分の感覚は間違っていないかもしれないとさらに強く感じるようになりました。

前、女子レスリング・フリースタイル五輪3連覇の吉田沙保里さんが「都会は痴漢が怖いから住みたくない」と言ってたのを引き、(笑)やwwwをつけた「サオリ兄貴に仕掛ける奴は自殺行為」みたいなコメントがSNSに飛び交っていたことがあります。吉田さんの発言は元ソースを当たったわけではないのでほんとなのかどうか定かではないです。この辺を単純に見ると痴漢問題は「肉体的な強さ」が原点にあるのは間違いなく思うのですが、同時に私は「そういう強い女性を抵抗できない状態に陥れ主導権を握りたいという欲望も間違いなくあるのだろうな」とも考えました。

「男」として40年以上ホモソーシャルの世界にいたのでよくわかるのですが、男性社会の主導権欲求というのは相当高いです。それは「俺が稼いでカミさんや子供を食わせてあげなきゃ」という比較的(あくまで比較的)好意的なものから、お金や権力で女性を言う通りにさせたいとかレイプするとかいう凶悪なものまで様々です。

さて、この辺まで書いてきてこの記事も、ジェンダー論の定番コース、まるでレールに乗っているかのようにこれまで長い間繰り返されてきたところに行き着きそうなのが見えて来ました。終着駅の定番のひとつは「だから男はこれまでの<男らしさ>から降りなくちゃいけない」です。そして、必ず「男も努力しないといけないけど、女も男らしさを期待するのをやめないといけない」という方向にも行きます。そして話題も、どんどん痴漢という犯罪の具体性からは離れて行ってしまいます。痴漢問題をジェンダーに絡めて考えるのは、正解なのでしょうか、違うんでしょうか。

今やらなければいけないのは痴漢の現状をできるだけたくさんの人に知ってもらうこと。隘路に踏み込まないようにするにはどうすれば良いんだろう? と考えながら、今回はこれで終わりたいと思います。

その2のネタは、たぶん「痴漢は都会の犯罪なのか?」か「なんで痴漢問題について男が話すとき、自分の性欲のあり方を公にしないといけないんだろうか」みたいな流れのどちらかになるかと。

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オラシオ

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