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殺し文句のアングル

映画や小説、マンガで、恋に落ちそうな、あるいはもう落ちている男女(または同性同士)ふたりの一方がその相手に言って心をわしづかみにする決定的なセリフ、いわゆる「殺し文句」が話題になることってありますよね。

私が最初に殺し文句に興味を持ったのは、映画評論家の川本三郎さんの『映画の昭和雑貨店』シリーズです。確か雑誌の「サライ」の連載を書籍化したものだったと記憶しているのですが、白黒ものを中心に、日本の古い映画を一回ごとに違うテーマでたくさん紹介するという内容です。

社会人になって東京に住み始めた頃、私ははじめて自分の部屋にテレビとビデオを持ったんです。それで、家で何かビデオでも観ようかなと思ってはじめて近所のレンタル店で借りたのが、何だったか忘れましたが日本の巨匠映画監督の白黒映画。レンタルビデオ初体験という興奮もあったと思うのですが、それが面白くて日本の古い映画を観るのにはまっちゃったんですね。川本さんの本を読んだのはそんな流れ。某区某図書館で借りてきて、すぐ近くのカフェでのんびりお茶をしながらこのシリーズを読む時間は、私にとってほんとうに豊かなものでした。そうした経験を経て、私が世界で一番好きな映画監督は成瀬己喜男になりました。閑話休題。

で、その殺し文句が登場するのは、吉村公三郎監督作品『夜の河』です。加山雄三のお父さん上原謙演じる大学教授が研究がうまくいかなかったか何かで落胆し特急に乗っている。彼に想いを寄せている山本富士子演じるヒロインが偶然同じ列車に居合わせ、彼の気落ちの事情を聴くことになる、というシーンです。ヒロインはこういうことを言うんです。

「あなたが一番つらい時にお側にいられて嬉しい」

お富士さんみたいな美女にそんなこと言われて落ちない男はいない、という風に川本さんは紹介されていたと思います。ちなみにお富士さんこと山本富士子は初代ミス日本で、ひところ美女の代名詞でした。声もけっこう魅力的で、この映画で連発する京都弁の「へえ」は耳に残ります。で、私はなんでも断言されると疑ってかかってしまうというあまのじゃくなので、それを読んだ時に「自分だったらこれで落ちるかなあ」と考え込んじゃったんですね。

そのことがあってから、殺し文句への評判が高い作品があったら注目するようになったんです。有名なのはジャック・ニコルソン主演のアメリカ映画『恋愛小説家』でしょうか? 彼が演じる潔癖症の売れっ子恋愛小説家が、愛するシングルマザーにようやく本心を打ち明けるクライマックスのセリフ。

「僕だけが、君が世界最高の女性だと知っている」

まあこういうことを普通の人はなかなか言えないと思うんですけど、実際に誰か好きな人に向かって殺し文句を言いたい場合、先行例の分析が必要ですよね。あえて分析してみると、上で挙げた2つの名言に共通するのは「斜め上からくる」ってところでしょうか。

ニコルソンが言う「僕だけが」って、文脈関係なしにこれだけ読んだら「この女性は他の人には魅力がないってことなの?」って思えなくもないですよね。お富士さんの「あなたが一番つらい時」から「嬉しい」につながるなんて、その間に一体どんなパラダイム・チェンジがあったんだとつっこみたくなります。ただ「君は世界最高の女性だ」「お側にいられて嬉しい」と言うのでは、確かに甘い響きの言葉ではあるんですが、なんか弱いんですよね。そこにヒントがあるのではないでしょうか。

ちょっとネガティヴなイメージの言葉からはじまるので、そこだけ切り取ると「何を言おうとしてるんだ?」となるところに、甘い言葉を畳みかける。ストレートに口説くのではなく、言い終わるまでの一瞬の間にググッとコースが変化して、思ってもみない角度から想いを告げられる。その意外性が、かえって本心を感じさせて良いのかもしれません。

直球過ぎる言葉って、真っ当過ぎてかえって安っぽく聞こえる危険性があるんです。マンガ『Bleach』の究極悪役、藍染惣右介の超名言「強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」に通じるものがあります。また、単に人は不意打ちに弱いというところもあるかもです。

つっこみたくなるというのもポイントかも。ボケとツッコミは必ず「つがい」ですから、斜め上のアングルから行くことで相手のツッコミ欲を引き出し、パートナーになる心の準備が出来上がるのかも。

ところで、私はなんでもギヴ・アンド・テイクだと考えていまして、恋愛はその最たるものじゃないかと。よく「愛する」のと「愛される」のどっちが大事とかって設問があるでしょう。あんなの「愛する」の一択に決まってるじゃんと思っているんです。だって、愛されるという見返りが欲しいからこそ、愛するのです。自分が愛を差し出さないのに人から愛してもらおうなんて都合が良すぎますよね。だから、私は無償の愛なんて信じてません。

しかも、そうやって愛しても、自分が差し出した分だけ愛してもらえるかどうかはわからないわけです。だからこそ、何より大事なのは自分はこの人を本当に好きなんだという根拠のない自信が持てるまで自分の愛情を見つめ育てることだと思うんですね。スポーツで言う「やりきるだけやった(でも、いい結果が必ず出せるかどうかはわからない)」という感覚に近いのかもしれません。

そんな私が相方からもらった最高の殺し文句を最後に紹介します。

「私が君のことを好きなのかどうかよくわからない時もあるけど、その逆は絶対に間違いないね」

これ、まず自分から愛するのが大事と思っている私にとって、究極のほめ言葉です。彼女は私の愛情は自分自身の感情以上に確かなものだと言ってくれているんです。

これも最初はネガティヴな感じですよね。「えっ、よくわかんないの?好きじゃないの?」ってつっこみたくなります(笑) 付き合って何年も経ってから言われたのですが、この殺し文句には改めて殺られちゃいました。だから今も彼女が好きなままです。


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オラシオ

ライター、コラムニスト。青森市在住。『中央ヨーロッパ現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド』(DU BOOKS)監修。コンピCD『ポーランド・ピアニズム』『ポーランド・リリシズム』(コアポート)選曲・解説。ご依頼はaladyhasnoname@yahoo.co.jp
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