宇宙生物科学会議とタコス

★クマムシ研究日誌

 私がクマムシの研究を初めて10年以上が経ちました。ここでは、これまでのクマムシ研究生活を振り返りつつ、その様子を臨場感たっぷりにお伝えしていきます。

【第45回】宇宙生物科学会議とタコス

 2006年3月、僕はワシントンDCのロナルド・レーガン・ビルディングにいた。NASA宇宙生物学研究所主催の宇宙生物科学会議(Astrobiology Science Conference)で研究発表を行いに来たのだ。

 本会議には、700~800人ほどの参加者が出席していた。宇宙生物学の専門家に知り合いは皆無なので、当然そこに仲間は誰もいない。研究発表要旨で参加者リストを見たところ、日本から参加しているのは僕ともう一人くらいのようだった。ワシントンDCの街が醸し出す無機質な雰囲気が肥料となり、僕の中の孤独感をすくすくと育てていった。

 さて、そもそも何故僕がこの超アウェイともいうべき宇宙生物学会議に参加しようと思ったのか。その理由は、こうだ。

 クマムシは極限環境ストレスに強い。地球上に存在しないような超低温や高力や放射線量にも耐えられる。つまり、クマムシは地球とは異なる環境があるような他惑星などでも生存できるかもしれない。また、クマムシのような宇宙生命体がいる可能性も推測できる。

 このように地球外の生命の存在可能性を探る学問が、宇宙生物学だ。実際に、極限環境微生物とよばれる一部の細菌は宇宙生物学上の重要な研究対象となっている。

 ただ、宇宙生物学では細菌のような単細胞生物ばかりを研究対象にしており、宇宙に存在する生命体の候補としても、ほとんどの研究者が主に単細胞生物のようなものをイメージしていたのだ。

 クマムシのような高等な多細胞生物を研究している僕からすれば、これに対して違和感を覚えずにはいられない。クマムシだって極限環境ストレスに耐えることができるのだから、想定しうる宇宙生命体は高等な生物も含めて考えてもよいはずだ。クマムシの極限環境耐性のメカニズムを探ることで、地球外の極限環境に適応しうる高等生命体の条件も見えてくることだろう。

 そのようなことを考えていたある日、偶然にもNature誌に掲載されたひとつの総説論文に目が留まった。「Life in extreme environments (極限環境の中の生命)」と題されたこの論文には、極限環境に適応した生物の戦略について、宇宙生物学的な視点で記述されていた。

☆Rothschild and Mancinelli (2001) Life in extreme environments.
http://goo.gl/5l5yZ

 この論文ではクマムシの極限環境耐性についても取り上げられており、僕の大学学部時代の恩師である関邦博教授らの研究成果についても引用していた。

 この総説論文の主著者は、NASAの研究者であるLynn Rothschild博士だった。当時、クマムシに特化した研究内容の論文以外で、クマムシのことが取り上げられることはほとんど無かった。それが、Natureというトップ科学ジャーナル上でNASAの研究者がクマムシが言及していたことは驚きであり、嬉しくもあった。これは、自分が一生懸命になって推していたアングラ・アイドルが、テレビ番組で特集された時のような感覚に近い。たぶん。

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