無題2

どう考えればいい?憲法と「緊急事態宣言」(1)

 (★一部加筆訂正)
 自民党総裁選の関係もあって、憲法改正についての議論がまたメディアで取り上げられるようになってきました。具体的な改正案がどうなるかは総裁選や政局次第でしょうが、9条改正問題と並ぶ重要な論点として「憲法に緊急事態条項を入れるか」という問題があります。

 自民党が平成24年4月にまとめた「憲法改正草案」が今後の憲法改正議論の中でどう扱われるのかわかりませんが、この草案が緊急事態条項について具体的な提案をしていることは既に知られています。
 そこで、まずはこの草案の緊急事態条項を改めて読んでみましょう。憲法で緊急事態に備えるのが良いか悪いかという議論よりも、まずは「この条文のとおりに憲法改正をした場合、どのようなことが起こるか」という観点で私なりの解説をしてみたいと思います。

どういう場合に緊急事態宣言がなされるの?

 以下、自民党の草案の条文と、それについてのコメントです。緊急事態条項は、自民党の草案の98条と99条です。

第98条1項
内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

 まずどういう場合に緊急事態の宣言を発することになっているかというと、
①外部からの武力攻撃
②内乱等による社会秩序の混乱
③地震等による大規模な自然災害

そして・・・
④その他の法律で定める緊急事態
ということになります。

 ①②③はわかるような気もしますが、武力攻撃とか内乱とか自然災害といっても、大小いろいろなパターンがあります。どこまでが緊急事態なのでしょうか。阪神大震災とか東日本大震災の規模なら、緊急事態なのでしょうか。特定の自衛隊機や艦船が攻撃されただけの場合でも「我が国に対する武力攻撃」とみなして緊急事態として扱うのでしょうか。

 さらに難しいのは④の「その他法律で定める緊急事態」です。「法律で定める」と言っているのですから、法律を具体的に決めないとわかりません。逆にいえば、法律次第でどうにでも決められることになってしまいます。例えばオリンピックのような国際的イベントにテロの脅威があった場合も、法律で緊急事態扱いにしようと思えばできることになります。もう少し規模を小さくして、例えばコミケに爆破予告があった場合はどうでしょうか。法律次第では限りなく「緊急事態」が広がっていく可能性があるのです。
 とりあえず先に進みましょう。

緊急事態宣言と国会の承認

2項
緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。

「事前又は事後に国会の承認」とありますが、「事後」の承認でも良いわけです。結局、国会がまだ承認していない段階でも、緊急事態の宣言はやろうと思えばできるわけで、後は事後承認を得れば良いということになります。

 では、国会に事後承認を得られなかったら、既に発してしまった緊急事態宣言はどうなるのでしょうか。これが重要な問題です。当然解除すればいいんだろ、と言われそうですが、実はここに非常に大きな問題があるのです。この点について次に説明しましょう。

国会が承認しなかったら緊急事態宣言はどうなるの?

3項
内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。

つまり・・・

①国会が(事後に)不承認の議決をしたとき(本来は「国会の承認を得られなかったとき」と書く方が良いでしょう)
②国会が緊急事態の宣言を解除せよという議決をしたとき
③「緊急事態宣言を継続する必要がない」と内閣総理大臣が認めたとき

・・・以上の場合には、内閣総理大臣は、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態宣言を速やかに解除しなければならない、ということになっています。

「そういう場合に緊急事態宣言を解除するのは当たり前で、それがどうかしたの?」と言われるかも知れませんが、実はここに大きな落とし穴があります。

 まず、上記で「①国会が(事後に)不承認の議決をしたとき」とされていますが、そもそも国会で審議すらされず、単に放置されていた場合はどうなるのでしょうか。放置と「不承認の議決」とは同じではありません。

 さらに問題なは、仮に内閣総理大臣がこの条項を無視して、緊急事態宣言を解除しなかった場合には、何の対応策もペナルティもない、ということです。
 そんな馬鹿な、と言われるかも知れませんが、この規定では、「内閣総理大臣は・・・解除しなければならない」としているだけで、仮に解除しなかったらどうなるかについては何も決められていないことに注意してください。

 上記の①②③の場合(=国会が事後不承認だった場合など)に、内閣総理大臣は、緊急事態宣言を解除しなければなりません。つまり、内閣総理大臣は、緊急事態宣言を解除する義務を負っているわけです。
では、仮に解除しなかったら?もちろん内閣総理大臣は義務違反の責任を負うことになりますが、緊急事態宣言はそのまま継続することになります。だって解除してないのですから。

永久に続けることもできる緊急事態宣言

「いくらなんでもそんなことはないだろう。緊急事態宣言は強制的に解除されるのでは?」と思う人もいるでしょうが、そんな規定はどこにもありません。
「国会が承認しなかった場合、緊急事態宣言は解除される」という規定にはなっていないことに注意して下さい。緊急事態宣言を解除できるのは内閣総理大臣だけです。

 そう、国会が不承認の判断をしても、内閣総理大臣がそれを無視して解除しなければ、緊急事態宣言は永久に続けることができてしまうのです。そして内閣総理大臣の義務違反には、何のペナルティもありません。

 さらに「また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。」という部分も同様です。
 条文の上では、緊急事態の宣言を発して、日数が経過し100日を超えるごとに事前に国会の承認が必要ということにされていますが、仮に国会の承認がなかったとしても、100日経過した時点で自動的に終了するわけではありません。あくまで内閣総理大臣には国会の承認を得る義務があるというだけで、その承認を得られなくても緊急事態宣言が終わるとはどこにも書いてないのです。

(★内閣総理大臣にペナルティがないというのは、この緊急事態条項の中にその規定がないという意味で、憲法改正草案全体で見れば、衆議院が内閣不信任案を可決させるという対抗手段は一応残されていますが、必ず可決できる保証はないこと、さらに可決したとしても衆議院の解散総選挙自体を延期できること(次回(2)参照)などの問題があります。)

 なお、以上のことは、国会の承認がなかったとしても、内閣総理大臣が解除しない限りは継続されるということであって、当然のことですが国会が承認したら、なおさらのこと、堂堂と緊急事態宣言は継続されます。

 緊急事態宣言にはこのような問題がまずあるわけですが、実際に宣言が発せられたら、具体的に何が起こるのでしょうか。これについては次回で考えて見ましょう。(つづく)

#政治

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