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逃避の勉強机

宿題にとりかかろうと鉛筆をもつ

上等なえんぴつだ

木と鉛のにおいが合わさり、

なんとなく安心する

削られるがままの、忠実かつ誠実な人柄の

サラリーマンのようだ

ふでばこという小さな会社の中に収まり

ひたすら使われる被雇用者、スーツの似合う、

細長い長身の鉛筆。

赤青鉛筆がふでばこに入っている

まだ未使用の、赤青鉛筆2本。

手に持つと、はしのようだ

けずるとえんぴつになるのに、

つかわなければ、はしにもなる

学校でおはしを忘れた人がいたら、

貸してあげよう。

きちんと洗って返してもらったら、

もいちどふでばこに戻すんだ

ノートの紙が、鉛筆と話したがっている

はやくはやく、と急かされながら、

仕方がない 勉強にとりかかろうか。

計算式に当てはめて数字をいれる

一問目で、さっそくつまずいてしまう

自分が書いた汚い数字がきちんとノートに

記されている

誤りだらけの数字はまるで

出来そこないの新入社員

数字に手足がくっついて、勝手に動いている

好き勝手に生きているからこうも、醜いままだ

いつまで経っても、問題解決にいたらない

さきほどから、

座っている椅子の調子が、なんだか悪い

ぎーこぎーこ、揺れている

数字を入れてみて、計算式のとおりに

計算して答えが合わないから、

さっきからずっとむしゃくしゃしているのに

椅子の調子が悪いとぎーこ、ぎーこと揺れて

余計に気が散る

難しい算数の大きな荒波を、

ぼくは今にも壊れそうな椅子の船にのって

鉛筆のオールで必死に漕いでいる

操縦者はぼくしかいないから

最後まで漕ぎ続けるのだ

途中で大波の中に身体を委ね

そのまま近くの陸まで流れて行って

布団の浜辺にここちよく倒れ込んだら、

どれだけ楽なんだろう

だけど、算数の大きな荒波も、

あきらめなければきっと、

やがては小波に変わって、応用問題の先まで

通り過ぎたら、達成感という名の島に

たどり着くことであろう

だからぼくはがんばるのだ

そのとき、とんとん、と、

ドアーをたたく音がした

救世主だ

小さな船で大航海をしている最中に出会ったの

は、クルーザーのように大きな身体のお父さん

「はやく寝ろよ」ひとこと言って、

部屋を出ようとする

一瞬だけ現実にかえったけれど、

すぐにまた大きな波が押し寄せてくるようで

ぼくは叫んだのだ

「おとうさん、たすけて!問題が、さっぱり

わからないんだ」

すると父さんは苦笑しながら、

「どこがわからない」とやさしく言った

ぼくは助かったのだ

大荒れの大航海時代は、終わったのだ

お父さんが一問だけ教えてくれたら、

もう次の問題も、その次の問題も全て解ける!

必死に漕ぎ続けるぼくを、

大きな身体のお父さんが見守る。

お父さんにとってみたら、きっと算数の荒波の

海なんか、足の膝小僧ぐらいの深さの川

みたいなものなんだろう。

「ありがとう、おやすみなさい」

すると父さんは、

「はやく寝ろよ。それから、椅子をどんどん

とうるさかったから下で寝ているお母さんに

響くぞ」と言った。

「もうすぐ宿題が終わるから、船を片付けるよ

ほら、もうじき陸にあがる」

「じゃあ、もう寝るんだぞ」

お父さんが出ていくと、ぼくはまた鉛筆を

走らせる

島はもう見えている ゴールはすぐだ

ようやく宿題がおわり、ふと時計に目をやった

時計の針がもうすぐ12時だ

今日という日が終わる

勉強机でぼくはきょうの最後の瞬間を、

逃避で終わらせずに済んだのだった



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