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自分らしく生きるとは?~「正しい自分軸」は良い社会を作る~

いきなりですが2020年12月22日に水瓶座で木星と土星の大接近がおこり、天体的に地球は「風の時代」へと移行しました。この頃から「自分らしさ」とか「自己軸」で生きることが良しとされるように変化してきたように感じます。

ここらへんのスピリチュアルの流れは、こんな三流占い師のブログなんかに目を通してる人ならば、一度くらいは耳にしたことがあるのではないでしょうか。

まあこれはこの先の未来、社会のテクノロジーの発展や価値観の変化もあるだろうから、今まで通りの価値観で社会の基準に合わせて生きる人は、今後取り残されていくだろう、という予言的なものだと考えてます。しかし早くもこの変革の流れは、現実の問題として社会に現れているようにも感じます。

例えば、これまで日本を支えていた「社会の規則や常識に従ってロボットのようにただ従って生きることが素晴らしい」という価値観を斬って捨てて、「自分らしくいきる」とか「好きな事で生きていく」みたいな事を言い出す人間が増えてきたあたりというか(※私の感覚の話です)。
この人達もやりすぎ感はあるが、私はこの従来の”右に倣え”の価値観の中で現代人はおかしくなったと思わずにはいられない為、わりと良い変化が起きてきたなー風の時代、と世の中を見ています。しかしその一方で

思考停止のロボットになるな!
校則ってなぜそのようになってるかわからずに従ってる感じがして苦手やー、とか言う少年がいて、こう言うガキは確かにムカつくが、それに真剣にマジギレしてる大人達がいる現象がある。これがこの社会の異常さを表している気がしてならない。

生意気なガキにイラついているのか?ガキの思想にイラついているのか?いづれにせよここでキレる対応をとる人間が出るというのは閉鎖的な社会だなと感じる。私個人の感覚と独断と偏見だが、これは「自分らしく生きられなかった人達特有の反抗心の表れだろう」と思わずにいられない。

つまり自分らしく生きられないという現代病のような気がします。

では、ここで「自分らしさ」とか「自分軸」とは何かについて考えてみようと思います。

それは自分の事しか考えられないイタイ人種、うざい。自分軸で生きてる社員で優秀な人材がいないんだが。
ってかみんな自分軸で生きちゃったら履き違えたら世の中が変な方向に流れないか?

とかいった疑問も浮かんでくるんではないだろうか。いや、違う。私の意見としては、この「自分軸で生きる生き方」にはポテンシャルを感じている。みんなが正しく自分軸で生きていたら、この世界から争いは無くなるんじゃないか?
みんなが自分軸で生きていたら、むしろ、意見が合う人同士じゃないと仲良くなれないこの不毛な社会が変わるんじゃないか?この世界はもっと生きやすく、差別のない幸せに満ちた世界になるんじゃないか?

では、私的な解釈で正しい「自分軸」とは何かについて考えてみたいと思う。

みずがめ座の時代のイメージ

自分軸とは?

自分軸とは、その名の通り「自分の気持ちや考えを大切にして、自分のために行動する」こと。うざいよね。だからどうしても「自己中でしょ」「自己主張の強い人苦手です…」的に受け止められるかもしれません。ですが、それは違います。
自分軸で生きる人は、自分のことを一番に考えるけれど、他人も自分と同じように扱える人です。もっと言えば自分が満ちているから、他人にも優しくなれる意外と徳が高い人種なのです。

では、自分軸は自己中とは何が違うか?

私的な解釈ですが、自分らしく生きている人には、「お互い様の感覚」があります。かつ「周りの事はどうでもいい」ができる人だと思います。この両方が揃ってないと嫌われる自己中です。
周りの事はどうでもいいの補足ですが、これは相手の反応を気にしないみたいなニュアンスです。これができないと相手が当人の言動によって負の影響を受けるのがわかるでしょうか。多分私の文章力だと伝わらないと思いますが、とりあえず自分軸の人は自分の中で欲求が完結しているので周りにダメージを与えることなく爽やかな印象を与えてくれます。

もう1つの判断基準として自分軸で生きてるかどうかは「自分が楽しいだけで、周りの人も楽しくなっている」ができてるかどうかだと思います。
この「自分が楽しい」の部分を履き違えてるかどうかは、周りの反応をみればわかると思います。
とはいえ、逆説的で意味不明なロジックですよね。「周りが楽しくなるのは、本人が周りを楽しくさせようとする意志があるからだ」と思い込まれている人もいるでしょう。自分が楽しいだけで勝手に周りが楽しくなるものなのか?その点をもう少し補足します。

それは、行動の根源にネガティヴな感情があるか、ポジティブな感情があるかの違いではないでしょうか?知らんけど。

…ろくな説明もできず語ってしまい申し訳ない。これはスピリチュアルが盲目的に信じている「無意識」を根拠にして言っております…なので感覚的な話になってしまいますが、ネガティヴな感情を抱えていればなぜか人を傷つけてしまうし、一方でポジティブな感情でいればなぜか人を幸せにしている、そういうものじゃないでしょうか。

ポジティブな感情からストレートに出る「楽しい」の感情は、周りにもストレートな波紋を起こし、本人と同じような楽しい感情を共有させるんじゃないでしょうか。
逆に、傲慢さや侮辱または無神経・無意味といったポジティブでない感情から出る「楽しい」は周りを冷やしてしまうのではないでしょうか。知らんけど。

ついでに偏見による憶測を語るが、自分軸で生きてる人も自己中な人も、自分中心で生きてる限り、他人からはちょっと空気読めないかなと思われてしまう場面もあるんじゃないかなと思います。そんな時、不思議と周りから許されてしまう人と、そうじゃない人っていますよね。その時の分かれ道のポイントもこれじゃないかと個人的には思っている。
ネガティヴな感情がある自己中とポジティブな感情からくる自己中は結果が違うのではないかなという推論でした。

では次に、どうすれば「自分軸」にそって生きられるか?考えてみましょう。

ニュートラルな立ち位置で生きる

ここでもう一度「自分軸で生きる」という考えを思い出してみましょう。
彼ら彼女らは自分の心の声に従って、本当にやりたいことを選び、喜びを感じることを選択して生きているのです。そのように自分の軸を持つことで、他の人や社会の期待に振り回されずに生きることができます。
つまり、自分軸で生きている人とは、他の人の反応を気にしない人。もっと言えば、他人に流されない人です。

この姿勢を保つためには、ニュートラルな立ち位置でいることが必要ではないでしょうか。

ニュートラルとは偏らないということ。だから、他人の視点で自分の事を見れるし、相手の意見も尊重できるということ。

ここまできたら「自分軸・自分らしく生きる」と「ただの自己中」が根本的に違うことが何となく理解できそうな気になりませんでしょうか?

自分らしく生きる人は、自分以外の立場を頭で理解し心で共感できる。その結果、周りに調和をもたらすのです。これが冒頭で語った「自分軸は争いのない世界を作るかもしれない」理論の理由です。

自分軸で生きられると人生がどう変わるか

自分の心で感じて考えたことを、自分で行動に移すわけですから、他人のせいにしようがありません。だから自分の言葉や行動に責任が持てるようになります。
それに自分軸を持つことで、他者からの評価や承認に依存せずに自信を持つことができるかもしれません。
世界の為でなく、あなた自身の人生のためにも自分軸で生きる事は有益になると思います。

そして繰り返しますが、自分軸で生きる人は、他人の幸せを否定することもない。自分だけ良ければいいという考え方ではない。
こんな人達が増えたら良い世の中になると思いませんか?

例えば、身近な人物を思い出して下さい。お金持ちとか、いつも満ち足りていて幸せそうな人って付き合いやすいカンジがありますよね。こういう人が増えていったら平和だよね。

いうて自分に正直な人達ばかりの世の中が平和かと言ったら、必ずしもそうではないかもしれないが。
例えば、自分の気持ちに正直な人達同士が集まっていると、その正直な気持ちが見ている方に伝わってくる時があり、なんか場合によっては胸が痛くなってしまう時もあったりするかもね…。これはこれで世知辛い世の中かもね。まあ考えすぎか。

ここまでお読み頂いたうえ、私の不精巧な理論にお付き合い頂いてありがとうございました。

なぜ私がここまでして「正しい自分軸」を語ったかというと、

あなたが自分らしくいるだけで、周りの人が生き生きしてくるって素晴らしい事じゃないですか。

それだけでなく、あなたがプライドや見栄から解放され、自分に自信が持てるようになり他人がどうでも良くなったら楽ですよね?

それに私自身、この世から1人でも多くの「自分の体裁だけ気にする迷惑な人種」、「古い時代の価値観を尊重するのはいいが、新しい価値観に僻むダサい人」などが消えてしまえばいいと思っています。だから自分らしく生きる側の人間になってはどうでしょうか?

以上です。とりあえず、今回は、風の時代きたし、新しい世界作ろうぜ!という事が言いたかった。

自分らしさを大切にしたら、履き違えたら確かに「自分、私、俺、」ばかりの疲れた世の中になってしまいます。でも、今まで語った点さえ守れば(?)争いや差別の無いより良い社会が創れるはずです。



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