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洋食屋ななかまど物語

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2020年7月8日にPHP文芸文庫から発売になった「金沢 洋食屋ななかまど物語」の初期原作です。
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記事一覧

【第1話】オムライスの届け先

【第1話】オムライスの届け先

はじめに言っておくけど、客さばきでは誰にも負けない自信がある。日曜日の午後七時、客入りのピークを迎える洋食屋『ななかまど』の店内は、たくさんのお客さんでいつもいっぱいになるけれど、私はこなれたスピードで、来店したお客さんを席に案内し、お冷やを運び、注文を聞く、という一連の作業を、だいたい一人でこなしている。

「復唱します。ハンバーグ定食2つ、一つはガーリックソース、もう一つは和風大葉ソース、ミー

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【第2話】涙味のエビフライ

【第2話】涙味のエビフライ

第1話「オムライスの届け先」

午後四時過ぎの洋食屋『ななかまど』の店内に、客は誰もいない。ディナーの時間まで、クローズドの札をかけてあった。窓際のテーブル席で、私は固唾を呑んでいた。向かいに座っているのは、この店の店長兼コックの、父だった。父は太い眉根を寄せて、一枚の紙をしげしげと眺めていたが、フーッと大きなため息をつくと、断言した。

「千夏、お前ちょっと秋からは店に出るのを休め。この成績は、

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【第3話】アイスクリームの淡い夏

【第3話】アイスクリームの淡い夏

第1話「オムライスの届け先」
前話「涙味のエビフライ」

店頭に置いてあるブラックボードに、今日のランチセットをチョークで書きこむのは私の仕事だ。「九月一日 カキフライ サラダ コーンスープ 980円」と白で書き、その周りを赤いチョークと緑のチョークを使い花柄と草のつるを書き込んだ。

後ろから見ていた高瀬さんが、「千夏さん、いつもながら、上手ですね」と声をかけてくる。

「へへっ、そうかな? も

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【第4話】ハンバーグの結んだ縁

【第4話】ハンバーグの結んだ縁

第1話「オムライスの届け先」
前話「アイスクリームの淡い夏」

九月下旬、洋食屋『ななかまど』のケーキのショーケースには、私の母のお手製のモンブランが並び始めた。栗のモンブランと、かぼちゃのモンブランが、週替わりで楽しめる。接客をしながらも、ちらちらショーウインドウを見つめる高瀬さんが可笑しくて、私はつい口を出してしまった。

「高瀬さん、栗とかかぼちゃとか、好きなんでしょう」
「はい、大好きです

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【第5話】ジェラシー入りのミックスサンド

【第5話】ジェラシー入りのミックスサンド

第1話「オムライスの届け先」
前話「ハンバーグの結んだ縁」

丹羽の玄関に並ぶ、女物の靴。その存在にショックを受けて、私がぼうっと突っ立っていると、ふいに中から玄関の物音に気が付いたのか、若い女の子が出てきた。ふわふわした長いこげ茶の髪に、薄ピンク色のワンピースを着た、とても可憐な子だった。

「こんにちは、丹羽さんに、御用ですか」

女の子が口を開いたので、私はあわててしまい、つい口をすべらせた

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【第6話】ビーフカレー戦争

【第6話】ビーフカレー戦争

第1話「オムライスの届け先」
前話「ジェラシー入りのミックスサンド」

そのまま、季節は十月半ばになった。外を吹く風がだいぶ冷たくなり、暖かい上着が必要となる晩秋に、いつの間にか外は移り変っていた。九月下旬に、丹羽の部屋で告白した後、丹羽からの返事は、いまだになかった。

『ななかまど』にも姿を見せなかった。学会や就活で忙しいけど、真剣に考えてくれているのだと信じたい気持ちもあったが、このままフェ

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【第7話】誘惑のクリームシチュー

【第7話】誘惑のクリームシチュー

第1話「オムライスの届け先」
前話「ビーフカレー戦争」

十一月初旬の、小春日和のこと、私は紺堂と二人で動物園に来ていた。十月の半ば、丹羽から「就職で東京へ行く」というショッキングな振られ方をされ、ずっと落ち込んでいた私を、紺堂は、何度もデートに誘い、ついに定休日の今日、それが実現したのだった。

紺堂が、隣にいるのに、いつも丹羽のことを考えてしまう。あの夏の日、一度だけしたデートのことを、つい思

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【第8話】二人だけのクリスマス

【第8話】二人だけのクリスマス

第1話「オムライスの届け先」
前話「誘惑のクリームシチュー」

十二月になり、小さなこの町も、あちらこちらでイルミネーションが見られるようになった。クリスマスイブを五日後に控えて、本来なら浮き立つ気分のはずなのに、きらきらした光たちを見ていると、余計に寂しさが増してくる。

大学の授業が終わり、私は大学の敷地内を歩いていた。今日はクリスマスケーキを紺堂が用意すると言っていて、家に帰ったらたぶんその

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【第9話】家族三人のナポリタン

【第9話】家族三人のナポリタン

第1話「オムライスの届け先」
前話「二人だけのクリスマス」

丹羽の部屋から戻り、そうっと家の鍵を開けると、廊下で繋がれている店内からは、もう明かりがついていた。私が入って来た物音に気付いたのか、紺堂が厨房から廊下へと出てきた。もしかして、昨日帰らず夜じゅう厨房にいたのだろうか。

「千夏さん、お友達とのお泊まりは楽しかったですか?」

低い、明らかに疑っているような声で聞かれ、私は顔をそむける。

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【第10話】ガトーショコラは甘くて苦い

【第10話】ガトーショコラは甘くて苦い

第1話「オムライスの届け先」
前話「家族三人のナポリタン」

二月になり、大きなデパートでも、小さなショッピングモールでも、バレンタイン商戦がいまこそはと、行われている。私は地元の小さなチョコレートショップで、丹羽のためにガトーショコラのパッケージをひとつ買った。丹羽から二月中に連絡がくるかどうかはわからなかったが、バレンタイン用の箱をひとつ、手元に置いておくだけでも、なんとなく気分が優しく、落ち

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【第11話】桜色のバームクーヘン【完結】

【第11話】桜色のバームクーヘン【完結】

第1話「オムライスの届け先」
前話「ガトーショコラは甘くて苦い」

——それから、三年の月日が飛ぶように過ぎた。

私は大学を無事四年で卒業し、その後は洋食屋『ななかまど』の正式な店長を、父から譲られた。年齢は、二十四歳になっていた。紺堂が出て行ったあと、コックは二人変わったが、今は、角野すずなさんという頼もしい三十代の女性コックが、ななかまどの正規スタッフとなっていて、私と高瀬さんと母と四人、女

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