「優しい」と「甘い」は紙一重

私はよく人から「優しいよね」と言われます。自分自身、子どものころから直感で「優しさ」が人間性にとって一番大事、と思ってきたところがあり、だいたいの場面で「人に優しく、自分に優しく」を心掛けながら生きてきたように思います。

物語でも「辛くてひどく落ち込んでいる主人公が、誰かの優しさに出会って救われる話」とかを真剣に書きたかった。もちろん今も、そういう価値観が大切でないとは思っていないのですが、最近はその「優しさ」って「甘さ」とほぼ同じかもしれない、という考えが頭をもたげてきました。

もちろん「優しさ」というのは大切なことです。でも、優しさのあまりに、相手をなんでも許したり、人の本来なら一人でやるべきことを肩代わりしてあげたりしていては、相手はずっと成長できません。

また「他人に優しく、自分に厳しく」タイプでない優しい人は、どうしても自分自身にも甘くなってしまうもので、その甘さが、やがて「精神面や経済面で自立できない」などという困ったことを引き起こさないとも限りません。

私は一時占いフリークだったのですが、ある人がこう言った言葉にひどくギクッとしました。

「占いも、自分にとって厳しいことを言ってくれる先生じゃなくて、都合のいい甘いことだけ言ってくれる先生を、上手に選んでいるよね」

自分にとって厳しい言葉や厳しい人を受け入れるのは難しいもの。だけど、ずっとぬるま湯の中で、足がつく場所で、溺れないように泳ぎ遊びをしていても、身につかない「人としての強さ」や「自立心」ってたぶんあると思うのです。

それは「自分にいつでも甘く」をやっていては、得られない力だなあと思いました。

相手や自分が一人立ちできるようになる、一人で自立できるようになる、そのためには「優しさ」だけじゃだめなんだ、そういうことがわかってきました。

相手や自分を甘やかして、安全な繭の中に閉じ込めるのが愛じゃなくて、その繭をやぶって一人で生きていけるようにするのが、他人や自分への愛の示し方なのではないでしょうか。

そのためには、甘えをときには捨てて、自分にできることから、片づけないといけない仕事を少しでもやってみるってことが大事だと思います。

まあ、私は基本的に甘えの多い人間だったので「ときには厳しく」というのが重要なのですが、ずっとご自身に厳しくされてきた人には「ときには甘えて」というのも大切かもしれませんね。要はバランスが大事ってことですね。

今度は「人が自立や成長するために、誰かと出会って大人になっていく」という物語も書いてみたいなと思いました。



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ほしちか

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コメント6件

優しいは「人を憂う気持ち」から、と自分は考えています。苦しむ人や悩む人を憂いて(心配して)手を差しのべると、大概の人はその手にすがろうとしますよね。
たぶん本当の優しさとは「立ち上がらせる」ことではなく、立ち上がらせる「手助け」がそれなんでしょうね。1つ勉強になりました。
shittyanさん 共感してくださってありがとうございます!自分ではそう思ってないのに「優しい人」や「いい人」と言われると、困ったなあって思っちゃいますよね。でも、きっとshittyanさんのお人柄が周りに現れているのだと思いますよ~!
マチさん 好きと言っていただけて嬉しいです!そうですね、優しさと甘さだけではなく、弱さも混同しがちなのよくわかります。優しさをひきたたせるには、強さや厳しさもときには持たなければならないのかもしれませんね。
法水さん うーん、すごくわかりやすくまとめてくださり、その通りです、ほんとに。助けてあげたい相手にすがらせるのではなく、立ち上がらせる手助けをしてあげる、そういうこと本当に大切ですよね。こちらこそ、勉強になりました。素敵なコメントありがとうございます。
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