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【小説】冬嵐 最終話「光のすべてに」

第1話「拾い物」
前話「海掃除」

マガジン「連載小説・冬嵐」

彼岸の日、光希の墓参りに行くと言ったら、文乃はお手製のぼたもちをいくつも持たせてくれた。

「光希さんにお供えして。ああ、どうせあたしも祖父母の墓参りに持ってくつもりで作ったんだから、遠慮はいらないよ」

ありがとう、と頭を下げて、ぼたもちの入った紙包みを小脇に、墓へと続く古寺の石階段を、一歩ずつ上っていく。

墓地は、緑の苔と、芽吹く草木で、しずかだけれどもたしかな春の気配に満ち満ちていた。持ってきたペットボトルの水を、光希の墓に回しかける。線香をつけると、薄い煙がたなびいた。ぼたもちを供え、数珠を取り出すと、俺は手を合わせた。

不意に頭をよぎったのは、俺の部屋での記憶だった。あたたかいベッドの中で、二人で身を寄せ合って、くすくす笑いながら楽しい話をしたこと。

光希のバースデーに、俺が買ってきたケーキが、箱の中で倒れていて、光希に叱られたこと。

普段人目を過剰に気にする光希が、俺のあの部屋の中では、思いがけなく大胆なことを言ったり、腕の傷さえも、隠さず見せてくれたこと。

光希が俺にだけ見せてくれた思い出すべてがつまっている、俺の小さなワンルームでの記憶が、どっとよみがえってきて、俺は今がいつでどこにいるのかわからなくなる。

光希との思い出は、彼女の痛みや苦しみを聞くだけではなかった。光希からもらった、あたたかで優しい時間というものも、たくさんあったのだった。

墓地の上から、木漏れ日が降って来る。もうすっかり温かくなった、春風も頬をなでていく。その光のすべてに、光希がいるような気がして、俺は、ふっと口元をゆるめた。

「引っ越すか」

つい口をついて出た言葉に、俺は自分で驚きながらも、いつかこんな日が来ることを知っていたように思った。

「引っ越そう」

光希との思い出がすべてつまったあの部屋を手放しても、光希は許してくれるように思えた。俺自身においても、光希を救えなかった過去の自分を、少しずつでも受け入れていこうと、そう思えたのだった。

引越し先は、どうせ同じ町内の中になるだろうけど、できたら少しばかり高い階で、窓からあの海が見えることが条件だ、俺はそう考えた。

光希の墓に、一礼すると、俺はゆっくりとした足取りで、古寺の苔むした階段を降りて行った。

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