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【掌編】真夜中

夜中眠れずに、一人キッチンで梅酒を飲む。耐熱性の湯のみみたいなかたちのグラスに、琥珀色の液体をはんぶん注ぎ、レンジで温める。レンジのたてる機械的なぶーんという音が、静かな台所に響いて、その音を聞いているとなおいっそう一人が身に染みる。

酒は普段はたしなまないが、考えがあたまをめぐってどうしようもなく寝付けないときに、眠剤替わりに飲んでいる。飲むとぼんやりして、かすみがかかる気分になるので、そういうときだけアルコールの助けを借りる。

時計の針は二時をまわり、テレビをつけると白黒の外国映画がやっていたので、音量を落として、そのままつけておく。内容は途中からなので、すじを追う気にもならないが、音でも鳴っていないといよいよ一人という気がして、余計に目が冴えてしまいそうだからだ。

手のひらの、グラスに触れている部分だけがあたたかく、そのぬくさにどこか救われる気分になりながら「もうだめだよ」とつぶやいてみる。「もうだめだ」

明日になったら起きないといけない。コーヒーを飲んで、身支度をして、7時50分の最寄り駅から出る電車に乗って、会社に行かないといけない。そうちゃんとわかってるし、明日になれば行くしかないんだろうけど、今夜はとにかく「だめだだめだ」と言いながら、弱音を吐いていたい。それが病後覚えた私による私のための私の甘やかし方なのだ。

二十代の頃は、私はなんでもできると思っていた。体力があったし、何よりも世間を知らないが故の無謀さがあった。でも、二十代半ばからの無理な働き方は、結局私の体を壊すことになり、三十手前で半年間の入院をして、私は無職になった。

しばらく貯金を使って身体を治した後、今の会社に拾ってもらい、糊口をしのぐだけの仕事をしているが、病気は私の中の燃える思いを消してしまった。

がらんどうになった私は、ただまわりに合わせて動きながら、たまにこうして酒を飲んでくだを巻きながら、なんとか今日も生きているだけ。「だめだだめだ」と自分を甘やかしながら。

グラスの梅酒がからになり、私はそれをシンク台に置いて、ふらふらとベッドへ向かう。

さみしいとか思わない。かなしいとか思わない。ただ、誰にもかわいそうだと思われたくない。「もうだめだ」とつぶやきながら、明日も私は仕事に行って、仕事が終わればスーパーで買い物をして、一人分の食事をつくる。アルコールにたまに逃げながら、すこしでも自分のために優しい眠りを用意する。明日も、その次の日も、そのまた次の日も、ずっとずっと。

泣かない女はいなくても、少しずつ日々を回していくことで、せめて大人になれたらと思う。お酒やチョコや「だめだ」という魔法の言葉で、自分を甘やかしながら、明日も、戦え。

#小説 #短編小説

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