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揚げ鍋からのアプローズ

私としたことが、うっかりしていた。
明日の晩ご飯にと丹念に唐揚げを仕込んだあとで気づいた。
あぁ、私の誕生日じゃないか。
なぜ自分の好物にしなかったのか悔やまれる。
加えて、休日に揚げ物なんて、余計な労力まで費やさねばならない。
怠惰を決め込んでも文句を言われない年に一度の日を見落とすなんて、いやはや、うっかりにもほどがある。

ともあれ、ここ数年、どうにも自分の年齢がしっくりこない。
ふとしたときに、あれ、次はいくつだったっけ、と、しばし頭の中がゼリー状になる。

「十年後、生きてるかなぁ。」
およそ二十年前、そんな問いを無邪気に投げ合った友人とは、数年前、連絡が途絶えてしまった。
あの時、漠然とした不安だけがもやのようにかかって、そんな言葉がついて出たけれど。
幸い、十年後を生き抜き、まだこうして言葉を発している。

誕生日とはつくづく、残酷なものでもあると思う。
「誕生日なのに」、「誕生日だから」。
いつもならなんてことのない些細な失敗や落胆が、生まれた日にちに重なるだけで、まるで大げさな不幸のようにふくれ上がる。
じつに厄介なものだ。

1.2キロの唐揚げは揚げたそばから、ちょこちょこと忍び寄る影によって、ひとつ、またひとつと消えてゆく。
なんともルンルンと頬張るさまは「結構な誕生日じゃないか」と、説き伏せてくれる。

なるほど、これが誕生した喜びのひとつかもしれない。
彼らの舌とお腹を満たした唐揚げは、巡り巡って私に意外なほどの満足感を残してくれた。
「おめでとう」と言わんばかり、拍手さながらはぜる油の音に包まれた夜。


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