虹の切れ端
下校時刻、電話が鳴る。
あぁ、またか。
だいたいは、誰それと遊んでよいか、お腹が痛いから迎えに来てくれないか、そんなのが大半である。
やれやれと思いながら通話ボタンを押す。
ところが、今日は何だか声音がすこし違う。
「めっちゃでっかい虹が見える」から見てくれ、と上気した息が混じる。
へぇ、虹か、ひさしぶりだな。
ベランダに出てみるも、それらしいものは見当たらない。
諦めてふたたびパソコンに向かうものの、なんだか落ち着かない。
やれやれと思いながら、気づけば玄関から走り出て、前の通りから360度の空を眺めてみる。
やはりないか。
数分して帰宅した子はまだ興奮気味で。
なおも、はやくはやくと急かされ、ふたたび表に引っぱり出されてしまった。
ほら、と指さされた空には薄っすらとやや太めの虹色の端切れが滲んでいる。
子の息は、感嘆から消えゆく虹へのため息に変わってしまったけれど、私には充分な虹だった。
いつもは出会えない色に追いつけた。
それは、とても稀有なこと。
いつも通りに現れる色も、特別な色も、美しいと思う人と共有できることこそ、日々の彩りになる。
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