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春から、弟が父の会社に入るらしい

どうも、2018年。

年末年始、怒涛の「今年の振り返り」と「新年の抱負」noteを読んでは、この世には70億人分の人生がしっかり同時進行していることを実感して、不思議な気分になりました。

わたしも負けじと振り返るかぁ、と思っていたら、思いのほかのびのびと年末を過ごしてしまい、明けたから抱負でも語るかぁ、なんて思っていたら、そんなことどうでも良くなるような知らせが届いた。

春から、弟が父の会社を継ぐらしい。

父は田舎で土木関係の会社をほそぼそと経営している。わたしが生まれた時からずっと、作業着を着た父こそが父であって、あまりにも日常だった。

夏はタオルを首にかけた汗だらけの父を、冬は分厚いジャケットを着込み、母に温かいスープの入ったお弁当を持たされた父を、当たり前に見ていた。その仕事が誇らしいだとか恥ずかしいだとか、そんなことも1ミリも考えたことはなかった。

昨年の12月頭に父が東京に来ることがあり、一緒にお酒を飲んだ。父と飲むのは初めてではないけど、いつも深い話はできずに終わってしまう。

小さい頃から、朝から晩まで働き、土日は町内会の集まりで忙しい父とは、生まれてこの方27年も、わたしは上手に話すことができない。知人・友人を含む誰の相手をするよりも、なにを話せばいいか迷ってしまう。実の父であるのに。

それでも、12月に飲んだときは、少しだけいつもより濃い話ができた。「うちの子は誰一人、反抗期がなかったなぁ」と言う父に、わたしは「反抗期が来る人がうらやましいよ」と言った。「父ちゃん、家に全然いなかったし、反抗する暇もなかったよ」

父は黙って聞いていた。意地悪なことを言ってしまった。

父は、わたしが文章を書き始めたことをたぶん喜んでくれている。それも本人から聞いたわけではないけど、「よかったら取材にこい」と地元の催しのチラシをくれた。残念ながらわたしは報道部ではないし、自分の裁量で取材先を決めることはまだまだできない。とりあえず「ありがとう」と受け取ったけど。

相変わらず、話は弾まなかった。父と飲むといつもこうだ。でもわたしは、父と飲めることが嬉しい。18歳で出てきたこの東京で、家族でわたしだけが住み慣れた街で、わたしがお店を予約できることが嬉しい。9年間、なんとかやってきたんだ。わたしえらいでしょう、と。

だけど、それも、父の稼ぎあってこそだ。わたしを18歳まで食べさせたのは父だ。東京の大学に行かせてくれたのは父だ。父のおかげで、わたしはこの街にいる。えらくもなんともなかった。

何杯目かの焼酎を飲みながら、父はわたしに言った。

「昔、作業着で仕事をしていたら、通りすがりの親子にじっと見られたことがある。母親が子供に『ちゃんと勉強しないとあんな仕事しないといけなくなるよ』と。おまえは、そういう母親になるなよ」

「わたしは人を見た目で決めつけないから大丈夫だよ」と笑いながら返した。

しばらく一緒に飲んで、父を駅まで送ると、帰り道、わたしは父の言葉を思い出して、歩きながらボロボロと泣けてきた。父をバカにされた悔しさなのか。父のかっこよさを知った嬉しさなのか。感情がよくわからなかった。

そんな風に人に言われながら、父が仕事していたこと、わたしは知らずにここまで育った。地元を出て、仕事を始め、親の世話にならなくなったいま、父の苦労を知った。親不孝な娘だ。

父の仕事は、誇らしくも恥ずかしくもなかった。ただ父が働いているという事実しかなかった。それが27歳になってやっと、心の底から誇りだと、父の仕事は素晴らしいと言えるようになった。「勉強しないとあんな仕事しないといけなくなるよ」と言われた「その仕事」で、父はわたしも兄も弟にも、惜しみなく好きなことをさせ、大学に行かせたんだから。

昔から、両親は「会社は継がなくていい」とわたしたちに言っていた。わたしたち三人も、父の会社を継ぐことはさして頭になかった。

兄は結婚して子供が生まれ、今の仕事から簡単に離れる雰囲気はないし、弟は新卒から食品会社に勤めて4年が経つ。期待もされているらしい。わたしはわたしでこの様だ。父が後ろ指さされながらも守ってきた会社は、父の引退と共になくなるか、だれか他の人が続けてくれるものだろう。そう思っていた矢先の知らせだった。

 「あけましておめでとう。
3月で今のところを辞めることが決まりました。4月から〇〇(父の会社)に入ります」

弟からのラインが入ると、しばらく固まってしまった。「がんばれ!」と打ち返す頃には、泣けてきてしょうがなかった。こんなに嬉しい知らせはない。この正月に、おせちや日本酒や、めでたい飾り付けなんて霞むほどに嬉しい。

弟は三人の中の誰よりも頭がよかった。勉強もスポーツもしっかり頑張る子だったし、友達も多く、真面目で本当に良い子だ。そんな弟が、この春、父の仕事を継ぐ。

この正月は帰れなかった。

次に田舎に帰るときは、弟と父に手土産を買って帰ろうと思う。



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