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うまくいかないときも人生はたのしい、はず

どうも火曜のみなさまこんにちは。

こんなに投稿があいてしまったのは五億年ぶりかもしれません。

簡単に言うとダメな時期でした…あはは…この数日間、ずっとnote更新しようと書いてはいたのですが、その一つ足りともあげることができず。

厳密に言うと一回あげたんですけど、やっぱりどうしても納得いかなくてポチッと削除しちゃったんです(見てくださった方、通知きてあとで読もうとしてくださってた方、申し訳ないです) 。

おそらくこの原因は、自分が思ってた以上にたくさんの方にみていただいてるというのに気づいて、それを意識し始めてしまったこと。

ありがたいことにフォローしてくださってる方が700人を越えました。嬉しい。嬉しい。1人1人増えた瞬間はちゃんと覚えているのですが、気づいたら700人という数字がこちらをジロリと見ている!!どうしよう…、と。

一般的には大きな数字じゃないかもしれないんですけど、それでも700という数字の向こう側には生身の人間がいらっしゃるわけですもんね。

今までは独り言をぽつんぽつんと呟いていた感覚、それが数人だけ友達ができて楽しく友達に「あれでそれで」って話してたら、突然そのトーク内容を全校生徒の前で話しなさいって言われたような感じ。

そんなの絶対緊張しますやんか。全校生徒の前でかっこつけずにいられます?!絶対気合いいれるやん?!どうやっても不自然になってしまう。

なに書いても、読み返すとめっちゃ私かっこつけてるんですよ…インディーズバンドが売れた瞬間になんか英詞とか歌い始めちゃうあの感じね!違うテイストのサウンドとか混ぜちゃうあの感じ!

「新しい僕らの挑戦なんです」的な。「でもこれまでの僕らを知ってくれてる人もきっと楽しんでくれると思うんですよね」的な。いやいやそれ自惚れやから!こっちは今までの音楽性を信用してついてきてんねんからああああ!

まさにそれ。そんな感じの文章になってる!わー、超恥ずかしい。

そうなるともう全部が違和感で、なんか一文も書けなくなってしまいました。それがこの二週間と5日です。

とりあえず本や!本から学ぶしかない!と思ってここ数日めちゃめちゃ本読んだけど、結局すべてに影響されてしまって、書く文章がもう異文化コミュニケーションで必死。

書くことは楽しいのにどんどん書きたいのに、自分の文章を読むとウッワーってなっている。本当に早く脱したいです。

こんな状態なもので、この間とあるデザイナーさんのイベントに参加させていただいたときの言葉たちが、あーまさにそれやなととても腑に落ちました。

(ちょっと見づらくてすみません)

特に、スランプの時のお話。「なにも考えず黙々とやるしかない」もう、、おっしゃる通りだと思います、。

納得できるものを生めなくても、目の前のことをしっかりとひたむきにやる。そうすると気付けば脱しているらしい。

「うまくできないや」とそこで辞めちゃうのが凡人で、「いやとりあえず続けてみよう」ってなるのがその先を行く人になるんですね。

継続が一番難しいって言うけど、確かに思ったようなものを作れない時って本当にもう苦しくて。それが自分の好きなことだとすると余計に、一度離れたいって思ってしまう。

それでもやる!黙々とやる!そうしたらたぶん次のステップに気がついたらひょいっと行ってるんじゃないかなって、お話を聞いて思いました。だからもう何も考えない、案ずるな、やれ、ですね。

こうやって今納得いかずにnoteを書いてることも、数日、数ヶ月もすればなんてことなくなると願って、今は今でこの感じをひとつ楽しみたいです。あれこれジタバタしてるときが人間一番美しいってさっき道端のカエルも言ってくれた気がする。

自分のこれまでのnote読むと「あ、これまでも別にたいしたこと書いてないやん」ってなってちょっと(いやだいぶ)拍子抜けなんですけどね!

なんだか緩いようなうるさいような温度感難しい入れ立ての風呂みたいな文章ですみません、アッツ!ってなったらヌッル!ってなりますね。

ほんと、人類すべてが今のスランプから抜け出せますように!いや猫も犬も鳥さんもみなスランプから抜け出しておくれ。みんなに当たれ、光。

それでは、また!


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