真面目なエジプト系移民がテロリストになるまで

(picture by The B's)

「テロリストの息子に生まれて――平和への道を選んだ軌跡」というTEDプレゼンがあります。(日本語字幕付き、9分ちょっとです。字幕のオン/オフのやり方はこちらです。

登壇しているザック・エブラヒムさんの父は、NYの世界貿易センタービル爆破テロ事件(1993年)の首謀者、エル・サイード・ノサイル。エブラヒムさんは、原理主義的な偏見に満ちた環境に生まれ育った自分が、「異教徒」に共感しながら生きる道を選ぶまでの道のりを語っています。

このプレゼンがきっかけとなり、エブラヒムさんの歩んできた道のりが書籍にまとめられて出版されています。

The Terrorist's Son (2014)

(2015年11月23日追記:日本語版が12月初めに出版されるそうです。)

本書の冒頭部分に、エブラヒムさんの父がいくつかの不運、不幸が重なってテロリストに変貌していく様子が詳しく書かれていました。1年前に読んだときにも深く印象に残りましたが、先週のパリのテロ事件を機に再読し、この部分を詳しくご紹介してみようと思いました。主要部分をキンドルから引用し、訳をつけています。

エブラヒムさんの父、エル・サイード・ノサイルは、エジプト生まれ。大学で工業デザインと金属加工を学び、1981年にアメリカに移民としてやってきました。渡米して1年後の1982年6月、イスラム教に改宗したばかりのアメリカ人女性とピッツバーグのモスクで出会い、結婚します。ノサイルはすでに英語はほぼ完璧にマスターしており、宝石店で働いていました。結婚指輪は自らデザインして彫金。結婚後ほどなく息子二人に恵まれ、地元のモスクを中心に地域の付き合いも活発で、幸せに暮らしていました。

不運は、モスクが助けた女性をノサイル家にしばらく下宿させてあげたところから始まりました。この女性が性悪で「ノサイルに強姦された」と警察に虚偽の申し立てをしたのです。金銭目的のゆすりです。1985年秋のことでした。

By the time a lawyer friend of my family convinces (the police) that the woman has invented the story, my father has been flattened by fear and humiliation. He has stopped getting into bed with my mother at night. He’s parked his prayer rug by the radiator in the living room, and curled into a ball on top of it. He has stopped eating. All he does is sleep and pray for his safety. (location 294)

「友人である弁護士が警察に説明し、女性の話が虚偽であることを納得してもらったが、その頃には父は恐怖と羞恥心に打ちのめされていた。母とは別々に寝るようになった。お祈り用の絨毯をリビングの暖房機の前に広げっぱなしにして、その上で丸くうずくまっていた。食事も摂らなくなった。眠るか、身の安全を願って祈りを捧げることしかしない毎日だ。」

強姦の嫌疑は晴れましたが、以前の平穏な暮らしは戻ってきませんでした。

My parents try to rebuild their lives in Pittsburgh, but the pieces won’t go back together. For my father, the mortification has been too great. Sadness and exhaustion hang in the air. My mother is too frightened to do outreach anymore. My father cannot face his friends from the masjid. Or anyone else, really. He works. He grows thinner. My only memory of him from this time is of him kneeling on his prayer rug in the living room, doubled over in prayer or pain or both. (location 296)

「両親はピッツバーグでの暮らしを取り戻そうとしたが、一度バラバラになったものは元にもどらなかった。父には、大きすぎる屈辱だったのだ。悲しみと無力感が家庭内を覆った。母はそれまでモスクに新しいひとを勧誘する活動に意欲的に取り組んでいたが、もう怖くてできなくなってしまった。父もモスクの友人達を避けるようになった。皆を避け、ただ仕事に行くだけだった。父は、どんどん痩せた。この時期の父について覚えているのは、リビングに広げたお祈り用の絨毯の上でうずくまっている姿だけだ。祈っているときも、痛みに耐えているときも、両方のときもあった。」

心機一転やり直そうと、翌年の1986年、一家はニュージャージーのエジプト系移民が多く暮らす地域に引っ越します。父は新しい職を得て、一家は地元のモスクに通うようになりました。やっと暮らしが落ち着き、父も食欲が戻って少し肉付きが良くなってきます。

しかし、ここで二度目の不運に見舞われます。父が職場で感電事故に遭ってしまうのです。

He cannot work. Being able to support his family has always been critical to him as a man and as a Muslim. Though the family can get by on my mother’s salary and food stamps, shame spreads through his body like a drop of red dye in water. My mother sees that he’s suffering, but Baba is beyond her reach. In many ways, his behavior mirrors the way he acted during the rape allegation. This time, though, my father just doesn’t pray obsessively, he pores endlessly over the Qur’an. (location 337)

「父は働けなかった。母の収入と生活保護で一家が食べるに困ることはなかった。しかし、男として、ムスリムとして、家族を支えることが、父にはとても大切なことだった。水に赤インクを一滴たらしたように、「恥」が父の中に広がった。母は、父が苦しんでいるのは分かっても、父の心を開くことはできなかった。父の態度は、以前に強姦の疑いを懸けられたときと同じようだったが、今回は、祈り続けるだけでなく、コーランを熟読するようにもなっていた。」

ケガが治った父は、また新しい職を得ますが、心は閉ざしたままでした。

The mosque initially seemed moderate, but it has grown into one of the most fundamentalist in the city.  (location 337)

「地元のモスクは、当初は中庸だったものの、市内でもっとも原理主義に傾くようになっていた。」

あろうことか、地域のモスクが原理主義者の温床に変容してしまったのです。アフガン紛争が終結に向かう1989年のことでした。

Masjid Al-Shams attracts sheikhs and scholars from around the world who exhort Baba and his friends to come to the aid of their rebel brothers. For my father and other struggling, disenfranchised members of the mosque, the sense of purpose is intoxicating. One of the speakers in particular entrances my father: a Sunni firebrand from Palestine named Abdullah Yusuf Azzam. (location 360)

「地元のモスクには、世界中のシャイフや学者がやってきて、反体制勢力として戦う同胞たちを助けるのだと、父や仲間たちに熱心に語りかけた。父は、また父と同じように社会とのつながりを失って苦しんでいる仲間たちは、このような強い目的意識に陶酔した。なかでも父が惹き込まれたのが、スンナ派の煽動家、アブドゥッラー・ユースフ・アッザームだった。」

アッザームは、経済学を学んでいたサウジアラビア出身のオサマ・ビン・ラディン青年のメンター役で、アフガン反政府勢力をパキスタンから支援するよう働きかけたところでした。

My father meets Azzam at the mosque and returns home transformed. His whole life the world has acted upon him; here, at long last, is his chance to act—and make a clear and irrefutable demonstration of his devotion to Allah. (location 365)

「父は地元のモスクでアッザームに出会い、別人に生まれ変わって帰宅した。これまで、父は運命に翻弄されてきた。いま、やっと、自ら運命を切り開き、アッラーへの忠誠心を世に明示するときが来たのだ。」

父と仲間たちは夢中になって、イスラームに関する本や品物を売って収益を寄付したり、射撃の練習に没頭するようになっていきました。しかし出会った1989年の秋、アッザームは暗殺されます。

Looking back over two decades later, my mother will pinpoint Azzam’s murder as the moment she lost her husband forever. (location 389)

「20年以上たった今、母は、父が『向こう側』に完全に行ってしまったきっかけは、アッザーム暗殺だと言っている。」

父がテロリストになる最後の一押しをしたのは、盲目のエジプト人活動家、オマル・アブドッラフマーンでした。1990年のこの出会いには、アメリカ政府の不手際もからんでいたのです。

The Blind Sheikh is on the State Department’s terrorist watch list, and rightfully so: He’s been imprisoned in the Middle East for issuing the fatwa that led to the assassination of Egyptian president Anwar Sadat. Rahman manages to wrangle a tourist visa nonetheless. When the State Department revokes it, he convinces the Immigration and Naturalization Service office in New Jersey to give him a green card. Government agencies, it seems, cannot agree on how to handle an international terrorist who was just our ally against the Russians. (location 394)

「『盲目のシャイフ』ラフマーンは、テロリストとして国務省の監視対象となっていた。エジプトのサダト大統領が暗殺されたきっかけになったのが、彼が出したファトゥワ(イスラーム法に基づく宣告)だということで、中東で収監されていたからだ。しかしラフマーンは策を弄し、観光ビザでアメリカに入国した。国務省がビザを没収すると、今度はニュージャージー州の移民局と話をつけ、グリーンカード(永住権)を取得してしまう。国際的なテロリストであり、同時にアフガン紛争で共にロシアに抵抗した同盟者でもある彼をどう扱うか、官庁間で見解が一致しなかったのだ。

My father grows closer to the Blind Sheikh. Unbeknownst to us, the sheikh is apparently urging him to make a name for himself in the movement. (略) Soon, my father discovers what he believes to be his true calling: he must murder Rabbi Kahane. (location 414)

「父は『盲目のシャイフ』との関係を深めていった。家族は知らなかったが、どうやらシャイフは反イスラエル活動で名を挙げろと、父をけしかけていたらしい。(略)間もなく父は、自ら天命だと信じる計画を思いつく。ユダヤ教指導者、メイル・カハネを殺害するのだ、と。」

そして、父、エル・サイード・ノサイルは、同1990年にカハネを射殺。当初は殺害の証拠が不十分で、銃の不法所持の罪で有罪となりました。そして、服役中に世界貿易センタービル爆破テロ事件(1993年)を計画し、仲間に実行させたのです。(後に、カハネ殺害容疑でも有罪になります。)

一家が、ピッツバーグの不幸な出来事をきっかけにニュージャージーに引っ越したのが1986年。そこからわずか4年の間に、個人的なことから国際情勢まで、さまざまな不運が重なって、ふつうの真面目なお父さんだったノサイルはテロリストになってしまったのでした。



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篠田真貴子

本の感想(篠田真貴子)

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コメント2件

「向こう側」に行ってしまう人達って、このような、世間にひどく扱われた(と本人は信じている)タイプが多いですよね。。。
私もtedを観て、感銘を受けて、即本を買いました。テロリスト以外の部分では普通に良いおとうさんであるところに衝撃を受けましたね。
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