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コードとダイバーシティー ("The Moment of Lift" by Melinda Gates) | きのう、なに読んだ?

メリンダ・ゲイツは、ビル・ゲイツの妻にしてゲイツ財団の共同議長。ビル・ゲイツと本当に対等なパートナーとして、ゲイツ財団の活動を引っ張っている。初の著書 "The Moment of Lift" を読み、昨日は「翻訳書、ときどき洋書」に寄稿する感想を仕上げていた。そちらの原稿には書かなかったけど、本書にあった「コードとダイバーシティー」の話がとても腹落ちしたので、メモしておく。


本書のタイトル The Moment of Lift: How Empowering Women Changes the World は、「離陸の瞬間:女性を解き放てば世界は変わる」という意味だと、私はとらえている。

メリンダはまず、IT (Tech) 業界にもっと女性が進出しないといけない、と言う。IT業界はいま伸び盛りでチャンスがたくさんあるから、というのが理由の一つ。もう一つの理由は、ITが社会に及ぼす影響が非常に大きいから、というもの。それなのに、現状、アメリカではコンピューター専攻の大卒者に占める女性の比率が、1987年には35%だったのが、最近では19%にまで減っている。2つ目の理由、すなわち、より良い社会を作ろうとするなら、IT業界の中枢に女性がもっといなくてはならない、という彼女の主張を、本文を抜粋しながら見ていく。

まずメリンダは、ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」にあったハンムラビ法典 (The Code of Hammurabi) に関する記述を紹介する。人々を上層自由人・一般自由人・奴隷の3階層と男性・女性の2つの性別により分類し、階層と性別ごとに価値が異なるとした法体系だった、と。例えば、
○ 一般自由人女性のいのち:銀貨30枚
○ 奴隷の女性のいのち:銀貨20枚
○ 一般自由人男性の片目:銀貨60枚
つまり奴隷の女性のいのちの価値は、一般自由人男性の片目の1/3でしかない、という価値観だ。
ここでメリンダは問いかける。

Is there any doubt who wrote the code? It was the “superior” men. (位置: 2,945)

「この法典 (code) を書いたのは誰か?上層の男性だったことは、疑いようがない。」

続けて「この法典 (code) は、上層男性の価値観が優先され、彼らの利益が反映されたものだ。彼らが自分たちより下だと見下す人々を犠牲にした。」

続いて話題は現在へと移る。MITメディアラボの研究者、ジョイ・ブオランウィニは黒人女性だ。大学時代に一度、ゲームなどで顔認識機能が搭載されているのに、自分の顔だけ認識されない経験があった。メディアラボに入り、改めてIBM, マイクロソフト、中国のMegviiの3社の顔認識プログラムを使って調査したところ、肌の色の薄い男性の認識エラー率は1%未満だったのに対し、肌の色の濃い女性の認識エラー率は35%にもなった。各社に報告したところ、IBMとマイクロソフトは、既に改善に着手していると回答したが、Megviiからは回答がなかった。
ジョイは、ゲームで顔認識されず、その後、香港のベンチャー企業でロボットを見せてもらったとき、それにも顔認識されなかったことから、どちらも同じ顔認識プログラムを使っていたのかも、と考えた。そのことが、調査のきっかけの一つだった。

“Algorithmic bias,” Joy said, “can spread bias on a massive scale.” (位置: 2,964)

「アルゴリズムに含まれたバイアスは、偏見を物凄い広範囲に拡散する可能性がある。」

もちろん、顔認識プログラムのコード (code)を書いた人たちが、何か差別を意図していたわけではない。無意識のうちに、ソフトウェアを作った人たちと似た属性の人たちに最適化されたプログラムになってしまったのだろう。でももし、この無意識バイアスに気づかないまま、ソフトウェアが社会に実装されたら、「認識されない」人々は、例えばATMからお金を引き出せなくなったり、海外に行ってパスポートコントロールではじかれたりしてしまうかもしれない。人種と性別に関するバイアスは、たまたまジョイが気づいて調査したから明らかになったものの、無意識だからこそ、誰も気づかぬままアルゴリズムにバイアスが仕込まれ、それが社会に広まってしまう可能性は誰も否定できない。

It’s that the people in these jobs will shape the way we live, and we all need to decide that together. I am not saying that women should be given positions in tech that they haven’t earned. I’m saying women have earned them and should be hired for them.

「IT業界で働く人たちが、将来の私たちの生活のありようを決定づけていく。だから、みんなで決めなくてはならない。私は何も、実力不足の女性でもIT業界に入れてやれと言っているのではない。十分に実力のある女性はいるのだから、採用すべきだ。」
みんなで決めるために、IT業界にこそダイバーシティーが必要、という考えだ。


Diversity is the best way to defend equality. If you care about equality, you have to embrace diversity—especially now, as people in tech are programming our computers and designing artificial intelligence. We’re at an infant stage of AI. We don’t know all the uses that will be made of it—health uses, battlefield uses, law enforcement uses, corporate uses—but the impact will be profound, and we need to make sure it’s fair. If we want a society that reflects the values of empathy, unity, and diversity, it matters who writes the code. (位置: 2,949)

「ダイバーシティー(多様性)は、平等を実現するのにいちばんいい方法だ。もし平等を大切にするなら、多様性がすべての基本に必ずおかれる必要がある。特に現在は、AIの黎明期だ。IT業界の人たちはまさに今、プログラムを組んでAIを設計している。AIがどのように活用されるのか、医療、軍事、警察、企業など、様々な可能性があり、まだ分からない。いずれにせよ、AIの影響は絶大になることが想定される以上、それが平等であることを担保しなくてはならない。互いに共感し、誰かが阻害されることなく、多様な社会を目指すなら、誰がプログラムのコード (code)を書くのかが、非常に大切だ。」


Gender and racial diversity is essential for a healthy society. When one group marginalizes others and decides on its own what will be pursued and prioritized, its decisions will reflect its values, its mindsets, and its blind spots. If societies are going to elevate women to equality with men—and declare that people of any race or religion have the same rights as anyone else—then we have to have men and women and every racial and religious group together writing the code. (位置: 2,935)

「ジェンダー及び人種の多様性は、健全な社会に必須だ。もしあるグループが他のグループを押しやり、自分たちだけで何が大切かを決めてしまうと、その中心グループの価値観、思考、そして無意識に見落としている観点がそのまま社会規範に反映されてしまう。女性を男性と同等に扱うなら、また性別や宗教に関わらず人はみな同権だと言うなら、どの社会でも、男性・女性、あらゆる人種と宗教の人々が、皆で一緒に社会規範 (code) を書かなければならない。」

Code という単語には、複数の意味がある。
「(体系だった)符号、記号、コード、暗号、信号、
 (ある階級・学校・団体・同業者などの体系のある)規約、規則、規定、慣例、法典」
weblioより)

Code の語源は、ラテン語の codexだそうだ。「codex は book of laws「法典」を意味します。codex を由来とする英単語に code があります。code には「法典」や「条約」といった意味が現在でも残っています。規律だった「法典」が転じて「暗号」や「符号」も意味するようになりました。」(Gogengoより)

「コードを書く」意味、そして社会でダイバーシティーが非常に大切な理由を、論理的に言語化してもらった。メリンダ・ゲイツさん、ありがとう。

以上です。ごきげんよう。

(photo by Dejan Krsmanovic)

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