「4人1組で1年を振り返る」を3セットやってみました

12月半ば、「40人のビジネスパーソンが絶賛した「1年の振り返り方」完全マニュアル」というウェブ記事がタイムラインに流れてきました。

今回ご紹介する方法は、4人1組にて実施し、1人が60分ずつ自分の1年を振り返り、4人で合計4時間にて行うというものです。自分が振り返りの当事者であるときは、まず簡単に1年についての概略を説明し、残りの3人はその内容に対して質問や投げかけを行います。

これはやってみたい!とfacebookで知り合いに声をかけたところ、なんと9人も集りました。スケジュールもうまく調整できそう。こんな機会もなかなかないだろうと思い、この「4人1組で1年を振り返る」会を3日連続、メンバーを替えながら3セット行いました。

集ったメンバーはfacebookで「友達」として繋がっている中で、私の呼びかけに「はいっ!」と手を挙げてくれた人たちです。中学の同級生から、最近飲み会で1回会っただけの人、友人の紹介で参加してくれた初対面の人まで、私との関係は、さまざま。当然、私を除く3人はお互い初対面です。それでも、3回ともオープンな雰囲気で深い話まですることができ、5〜6時間しゃべり通しでもだれることなく、「面白かった!」と言い合いながら終えることができました。どの回でも、参加者のあいだに思わぬつながりが発覚して、ご縁に驚く場面がありました。

振り返りそのものも、やってみて面白かったですし、たくさん発見がありました。ここでは、私の1年の振り返りの具体内容ではなく、この振り返り方法について感じたこと、考えたことを記録しておきます。(具体的な方法は、元記事をごらんください。)

(1回めの会場からの景色)

まず、事前の宿題で、この1年に取り組んだことや大事なイベント、出会った人などを1枚の紙にまとめます。この作業を進めながら、自分が何気なく記入した出来事を改めて捉えなおすことになりました。例えば、いくつもあった飲み会の中で、ある回だけを迷わず「大事なイベント」として拾ってから、どうしてこの回を選んだのだろう、と自問自答。また、時間もエネルギーも投入したはずの取り組みなのに、紙にまとめようとすると自分に残っているものが少ないことに初めて気づいた、といったものもありました。

次に、実際の振り返り会では、この紙を他の3人に見せながら30〜40分で1年にあったことを話をします。ところが、紙にまとめた内容のすべてを話そうとしても時間が足りないことに気がつきました。その場でいくつかトピックを選びながら話さないといけません。紙には書いたけれども話さなかったトピック、あるいは話が意外に短時間で終わったトピックは、実は自分にとってはさほど重要でなかったのかもしれません。逆に、自分からは話さなかったけれど、他の3人から「この話もききたい」と言われたトピックや、饒舌に語れるトピック、受けが良かったトピックは、自分が思っている以上に何か意味がある可能性があります。自分の話し振りと他の3人の反応は、この1年の経験から抽出すべきは何なのか、再確認するきっかけになりました。

もう一つ、面白い発見がありました。この1年のことを1枚の紙にまとめているときは、年初の1〜3月のことはかなり忘れているのに対し、直近の10〜12月のことは細かいディテールも思い出せました。当然といえば当然ですよね。ところが、いざ3人に話してみると、逆に、10〜12月のことよりも年の前半のことのほうが、「こういうことだったんだ」と一貫したストーリーとして語りやすく感じたのです。書くときと話すときでは、印象が逆転したわけです。これはきっと、半年以上前のことは、時間がたって俯瞰できているのに対し、直近のトピックは今も進行中であり、振り返るような俯瞰した視点が持ちづらいからだと感じています。さらに、ストーリーとして語りやすい=俯瞰できているテーマ、語りにくい=消化中のテーマ、という視点で自分の話しぶりをもう一度思い返してみました。すると、年の前半の取り組みの中にも、まだ消化中のテーマがあることを再認識させられました。これは、取り組みが中途半端だったからストーリーとして語りにくかったのではなく、今は俯瞰できてないからなんだ、なぜなら数年かけて解決していくテーマだから、と整理できました。

(2回めの会場からの景色)

さて、メンバーを替えながら連続3セットの振り返り会を行ってみてはっきり分かったのは、メンバーによって振り返りの内容が変わる、ということでした。3回とも同じ情報を用意したのですが、1回めは事業と組織、2回めは個人のキャリア形成とマインドセット、3回めは家族関係が話題の中心になったのです。同じ出来事の話を同じようにしたつもりでも、大ウケしてそこから議論が広がる回も、「ふーん、そうなんだ」という反応で終わった回もありました。人によって関心事が異なるのは当然で、私も、半ば無意識のうちに、相手に共感してもらいやすいように話していたかもしれません。4人で話し合っているうちに自然に共通の関心事を探し合い、それが中心テーマとして立ち現れてくる感覚がありました。

振り返り会は、3セットとも異なる場所で行いました。それぞれの場所の机のしつらえの関係で、記事のガイドライン通りに模造紙を真ん中に広げてそこに自由にメモを書けた回と、模造紙を十分に広げられず、各々の手元でメモをとった回がありました。意図せぬ比較実験になったのですが、結果、模造紙の効用を深く実感することになりました。模造紙を使うと、互いのメモを見ることができ、それがさらなるフィードバックになるのです。正直、振り返り会の最中は、模造紙を使おうが使うまいが、あまり違いを感じていませんでした。ところが、模造紙を使った回でだけ、終盤にそれぞれが書いたメモを「見せて」「記録として写真を撮らせて」と自然に声をかけあう流れになったのです。他の3人が自分の話のどこをメモしたか、他の3人の話と関連づけたのはどのポイントか、メモを見せてもらって話をきくことができ、さらなるメタ認知のきっかけになりました。それに対し、手元でメモをとった回では、「互いのメモを見せ合う」「そこから学び合う」という流れは生まれませんでした。

3日連続、3セットの振り返り会は、合宿のような濃密な時間になりました。毎回5〜6時間、集中して聞いて話して、終了後も内容を消化するひとりの時間が必要でした。エネルギーをずいぶん使いました。ちょうど仕事が休みで、子どももスキー合宿などで手がかからないタイミングだったので、振り返りに集中できて良かったです。

振り返り会で得たものは多く、簡単には総括できません。このメソッドは「1年を振り返る」という設計ですが、実際は、キャリアや人生全体の中でこの1年を位置づける演習だと感じました。振り返り会で得たものは、今後も何かと思い出し、意味を考え続けることになると思います。貴重な経験になりました。おつき合い下さったみなさん、ありがとうございました。



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篠田真貴子

ためになる

ふと、つまづいた時に読み返したいnoteたち。

コメント1件

類似した内容を社内の研修で実施しました。
成育歴についての課題「自分の成育歴を5分で語る」というものです。

受講生の話は1分程で終わってしまう。いつ生まれ、家族構成は何人、○○学校行って、今に至ります、と。残り4分どうしよう、と色々な思い出を語ったりする。

説明したのは
行政や専門機関からの情報は、学校や家族構成への言及だと。利用者にとって大切な思い出というものの一切が、削ぎ落されている。我々は利用者と日々の関わりを通して、そこを探っていかなくてはいけない。「何を感じて」生きてきたのか「何を大事にして」生きているのかを探るのだと。それが「ニーズ」だと。

語られた情報だけが全てじゃない
むしろ語られない物語にこそ本質があるのだと

人は自分にとって意味があっても、周りの人(社会一般的に)はそうではないと、その固有の体験の意味を抑圧します。その蓄積によって、本人にとっては大事なことでも「大したことじゃない」と意味付けしてしまう。
でも、今回の記事のような体験は、そういったことにこそ、スポットライトを当てます。

すみません、長々と。失礼いたしました。
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