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ミシェル・オバマ大統領夫人のスピーチ

2016年10月13日ニューハンプシャーで、ヒラリー・クリントン候補の応援演説を、ミシェル・オバマ大統領夫人が行いました。30分のスピーチの前半15分ほどを費やして、トランプ候補の女性蔑視発言を機に強いメッセージを発信。大きな反響を呼んでいるようです。

私自身も動画を見て心をつかまれ、早朝から終日、このスピーチのことが頭から離れませんでした。「女性」である自分に向けられてきた態度、向けられてきた視線。なるべく考えずに済ませようとしてきたことに、目を向けさせられた感じがしました。

誰かが訳してくれないかな。そう思っていたのですが、気持ちが前のめりになりまして、該当部分をざっと訳してみました。内容を自分でちゃんと咀嚼したかったんだと思います。スピーチの動画ではFacebook live の5:40くらいから14:50くらいまで、原文の文字起こしはNPRの11段落目の中盤、"And last week,..." から始まる部分です。

(ここから、訳です)

先週、あの候補は、女性に乱暴するんだと自慢してました。実際に、私たちの目の前で、自慢したんです。合衆国大統領の候補者が、女性に乱暴するんだと自慢しただなんて、自分がこんな話をしていること自体、信じられません。

もう、このことが頭から離れないんです。自分がこんなに芯から動揺してしまうなんて、思いもしませんでした。こんなことはなかったことにして、いつもの応援演説ができればいいんですけれど。あんなの悪い夢みたいなものじゃない、はい次、っていければいいんですけれど、それじゃあ不正直だし不誠実すぎます。

これは、とうてい無視できません。悲しい大統領選の中の情けない一コマだったね、という話じゃないんです。だって、あれは単なる「下品な会話」ではないから。単なる更衣室での軽口ではないから。あれは、影響力のある人間が、性的に乱暴をはたらくことを、女性にキスをし迫ることを、 おおっぴらに語ってるんです。子どもにはとても聞かせられないような言葉づかいで。

しかも、あれが単発の事象ではなさそうであることがはっきりしてきました。彼は、これまでずっと、女性をそのようにしか扱ってこなかった。私たちが知ったのは、数えきれないそうした事例のひとつに過ぎないんです。私はこの話を、ほんとうに我がことのように感じています。みなさんもきっとそうですよね。特に女性のみなさん。私たちの体つきについて、恥ずかしいことを言われたこと。私たちの大志、私たちの知性を認めない態度。女には何をしてもいいんだ、という思い込み。

残酷ですよ。恐怖ですよ。正直言って、傷つきます。傷つくんです。ただ道を歩いていて、おかしなことは何もしてないのに、通りすがりの男が体つきがどうのこうのって大声でひどい言葉を投げつけてきたときの、気持ち悪さ、落ち込む気分のように。職場でいつも妙に距離をつめて近くに立っていたり、いつもじっとこちらを見ている男性に、会社で会っちゃったときのいやーな感じのように。

誰かにつかまれる。無理に迫られていやだと言っても聞いてくれない。そのときの蹂躙される恐怖を知っている女性が大勢います。多すぎます。大学のキャンパスで、ほかのいろんな場所で、毎日そういうことが起きている。私たちの祖母の世代、母の世代では、男性上司は職場の女性に何を言っても、何をしても構わなかった。女性たちがどんなに一生懸命仕事をし、どんなに厳しい壁を乗り越えて成果を示しても、だめだった。

そんなの、過去の歴史だと思ってましたよね。どれだけ多くの人々が、どれだけの年月をかけて、そんな暴力や虐待や、女性の尊厳を無視するような態度をやめるよう、努力してきたことか。それなのに、2016年にもなったいま、昔とまったく変わらない話を、選挙戦で毎日聞かされています。そんな話で、おぼれそうです。それに対して私たちは、これまでずっと女性がしてきたように、とにかく水面から頭を出して、この状況をしのごうとしています。気にしてないふりをしようとしています。もしかしたら、こんなに傷ついていることを認めたら、女性である私たちが弱くみられると思ってるのかもしれません。

もしかしたら私たちは、弱い立場に置かれるのが怖いのかもしれない。もしかしたら私たちは、感情を飲み込んで黙っていることに慣れてしまったのかもしれない。だって、言ってもどうせ聞いてもらえないから。もしかしたら私たちは、女性をこんなにバカにするひとがまだいるなんて信じたくないのかもしれない。でも、これはたくさんのニュースの中のひとつでしかないんでしょうか。私たちは怒りすぎでしょうか。怒る根拠がないんでしょうか。これが普通なんでしょうか。これが政治というものなんでしょうか。

ニューハンプシャーの皆さん、はっきり申し上げたいことがあります。これは、普通ではありません。これは、政治ではありません。これは、失礼すぎます。これは、看過できないことです。民主党、共和党、独立勢力、どの党に属していようと、こんな扱いを受けていい女性なんて、ひとりもいません。こんな虐待を受けていい女性なんて、ひとりもいません。

この選挙戦の焦点は、政治ではありません。基本的な人間性の問題です。正しいか間違っているかの問題です。こんなこと、これ以上我慢できません。こんなことにこれ以上、子供たちをさらすわけにいきません。1分たりとも耐えられません。ましてや、4年なんて。今こそ立ち上がり、もういい加減にして、と言うときです。今すぐ、止めなければ。

考えてもみてください。私たち大人の女性がこれだけ傷つくんだとしたら、子どもたちにはどれほどの影響があることでしょう。小さな女の子たちは、自分の見た目、自分の態度がどうだったらいいというメッセージを受け取っているでしょうか。職業人として、人間としての自分の価値、自分の夢や希望にどんな価値があると理解するでしょうか。そして、この国の男性、この国の男の子たちにはどんな影響があるでしょう?だって、私の周りの男性は、女性についてあんなこと言いませんから。私の家族が特殊だということもないですし。あれが更衣室での日頃の会話だからと受け流すなんて、世の中のまともな男性への侮辱です。

私たちの知ってる男性は、女性にあんな態度をとりません。彼らは、娘にあんな野蛮な言葉をなげつけられたらと思うだけで気分が悪くなる、愛情深い父親です。彼らは、女性がバカにされ軽んじられることを許さない、よき夫であり、兄弟です。彼らは、私たちと同じように、この選挙が男の子たちにどんな影響があるか、心配しています。男の子たちは、大人の男になるとはどういうことか、ロールモデルを探しているんですから。

最近きいた話ですが、あるかたが6歳の息子さんと一緒にニュースを見ていたそうなんです。そうしたら、その男の子がいきなり「ぼくは、ヒラリー・クリントンが大統領になると思う」って言ったと。で、お母さんが「なんでそう思うの?」ときいたそうなんですね。そうしたら、その小さな6歳の子が「だって、もう一人のひとは、誰かのことをブタって言ったんでしょ。誰かのことをブタっていうひとは、大統領になれないんだよ」って。

6歳児のほうが、分かってるんです。6歳児ですら、あんなの大人の取る態度じゃないって分かるんです。あれは、まともな人間の取る態度ではありません。ましてや、合衆国の大統領になりたいという人が取る態度ではありません。

ここではっきりさせておきましょう。強い男性、真のロールモデルとなる男性は、自分の力を確かめるのに女性を貶めることを必要としません。本当に強い人は、周りの人を高めるんです。本当に力のある人は、周りの人たちをつなぐんです。次期大統領には、そういう資質が必要です。

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2016年10月17日追記:渡辺葉さんが、この後に続く部分も含めて全文を翻訳してくださいました。ありがとうございました。

ミシェル・オバマ大統領夫人スピーチ(2016.10.13)全訳

(Photograph by Phil Roeder)

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