【第二回】福本ともえ先生 読み上げ用 インタビュー記事

【第二回】

福本ともえ先生のインタビュー漫画の、インタビュー内容を抜粋した記事です。

第一回からの続きとなっております。

(前回までのあらすじ:
初めての競技会で悔しい結果になり、ペア解消。
「悔しい思いをした私はどうにかしてリベンジしたくて、競技会に再度チャレンジするためリーダーさん募集を続けました!」)

なお、読み上げソフトに対応しやすいように、一部の言葉を変更しております。

***

(続きより。ここから)

ともえ先生→

この頃には俳優への道も少し諦めがつき、その代わりアルバイトで稼いだお金でレッスンを受けたりダンスシューズを買ったり、アルバイト先も教室と近い所を選んだり、社交ダンスに傾ける情熱がより増していました。
年も若く意欲もあった私は周りの方からの
ご紹介などもあり、すぐ新しいリーダーさんとカップルを組む事になります。
でもお相手は社会人である事がほとんどで、
転勤や仕事が多忙などなどの理由でなかなか長続きする人とは出会えず…。

何度もカップル結成しては解消を繰り返し悩んでいた私に、ここに来て第2の転機が訪れました。
同じ教室に通うお友達マダムさんからの紹介で、有名教室に勤務されてるプロの先生とお見合いをする事になったのです!
今度の方はプロの資格も持っていて、以前のペアでは何度も入賞して優秀選手賞みたいなのを受賞するような本物のプロの先生です!

そんな凄い先生がお見合いで踊ったりお話しさせて頂いた結果、組んでくださる事になったのです!!!
もちろん今後競技会に出場するとしたらプロ部門です。
10代で何も知らない私はその事の重大さにも気付かず(ガクガク震える、わらい)、
カッコよくてダンスも上手なその方とカップルを結成できる事にウキウキでした(ハート)。

ちなみにですが、実はまだこの時点でも
自分がプロダンサーとして社交ダンスの先生になって生計を立てていくとは思ってない呑気な私なのでした。
リーダーさんがプロだからプロの試合に出てる、程度の意識。
ほんと今思うと失礼なやつ!
プロ失格ですね(わらい)。
自分自身がプロとして成長していきたいと意識し始めるのはまだもう少し後なのです。

ちなみに私のこの時の夢というか、何の仕事に就きたかったかというと、ホテルマンになりたかったんです。
なのでレストランなどの接客業のアルバイトをしてました☆
人と接する事や、人に何かしてあげられるような仕事をしたいなと思ってたんですよー☆
中学生くらいの時はヘルパーさんにもなりたいと思ってました☆
でもあまり体が強くなく体力が無かったので諦めましたが…。
自分が何かする事で喜ぶ人が居たり、感謝して貰えるような仕事って素敵だなって思ってたんです。

ではではダンスの話の続き、いきますね☆
17歳の時にめでたく⁉︎プロの先生に組んで頂きプロ部門に出場する事になった訳なのですが……。
振付も今までとは比べ物にならない位難しく、求められるテクニックも全然自分の知識では追いつかないレベルの高いものばかり…。
しかし、やるからには頑張るしかない!と奮起し、今まで通っていたお教室にはお休みをする事を告げ、リーダーさんのお教室にほぼ毎日通いました。

親は「自分の好きなことをしたいなら自分のお金でしなさい」という教育方針だったので援助はなく、ダンスにかかる様々な費用はアルバイトで稼いで捻出していました。
最もハードだったスケジュールは早朝から昼までのバイトと、昼から夕方までのバイトを大阪で終え、電車で兵庫まで行き終電まで練習して帰ってくるという…。
その時期は流石に若いといってもキツかったです(あせ)。

そうやって頑張った甲斐があり、プロ部門でもある程度 他の選手達と競り合うような成績も取ることが出来て、様々なダンスイベントにも参加させて頂いたり、本当に張りのある充実した日々を送らせてもらってました!
大好きだったリーダーさんとも仲良くなる事が出来ました(ハート)。
でも……

物事はなかなか順風満帆にはいかないよう出来てるみたいで…。
程なくして家庭事情が色々大変になりまして、私自身も生活様式を大きく変化せざるを得ない状況になりました(ショックな顔)。

アルバイト先も変わらなければならなくなり、ダンスのほうも練習の約束をしていても
ドタキャンしたり、次の約束がなかなか出来なかったり、色々疲れてしまい寝坊して遅刻なども…。

そんな事が重なればやはりプロとして、
プロのパートナーとして認めて貰えなくなるのは当たり前ですね。
ある日のリーダーさんに「大切な話があるんだ」と呼び出されました。
私自身 迷惑をかけてしまっている事は
分かっていたので、なんとなく何を言われるのかは想像がついていました。

「君とは、ずっとはやっていけないなと思う。
人生をずっと一緒に歩いて行こうとは思えない。」
そう言われました。
ペアの解消は同時に恋の終わりも意味しています。

すごく辛いけど、自分のせいで迷惑をかけて
しまったのだから、何も言う資格は無いと思っていました。
せめて最後くらいは困らせたくなくて、何も反論せず
「分かりました。今までありがとうございました。最後のほうは色々と迷惑かけてしまってごめんなさい。すごく楽しかったです。」
それだけを告げました。

(心の声)『絶対泣いてはダメ!』

自分にそう言い聞かせ、引きつりつつも笑顔でバイバイを言って、部屋から出ました。
彼の顔が見えなくなった途端、堰を切ったように涙が溢れて止まらなくて、そこから家まで1時間半〜2時間程なのですが、ずっとずっと泣いていました。
家に着いても泣き続け、数日間はふとした時にまた悲しくなり涙が止まらない…そんな日々を過ごしました。

でも、そのような事があっても、ダンスが好きだという気持ちは無くならず、踊りたいと自然に思うようになっていました。
気を紛らわす為にもレッスンにも通い、また競技会にもチャレンジしたいなとお見合いもしました。
でも今度はアマチュアの方と。
まだそこまで家の状況も完全に良くなった訳ではなかったですし、自分にはプロダンサーなんておこがましかったんだと思っていたんです。

楽しく練習を重ね、初めての競技会も近くなってきたある日、新しいアマチュアのリーダーさんから言われました。
「君と僕とじゃ見ている場所が全然違いすぎる。
僕はプロになりたいわけじゃ無いんだよ。」
そう言われてまた解消されてしまいました。

そこで初めて気付いたんです。
「私、やっぱりもう一度プロとして踊りたいんだ。
あの厳しい中で戦って、磨かれていく感覚を忘れられていないんだ」
と……!

そして以前はリーダーさんのお陰でプロとして周りには扱って貰っていただけなんだという事にも気付き、心境にも変化が現れました。

「私だって頑張ってた。
でも今のままじゃ全ては彼のお陰、彼の七光りで私はあのフロアで輝く事が出来ていたんだって事になっちゃう。
そんなの悔しい。
彼を見返したい!
そして私自身の力でプロとして扱ってもらえるように、輝けるようになりたい!」

…これが私がプロになろうと自分の気持ちを固めた瞬間でした。
失恋した彼を見返したい!ってとこなのかも
知れませんが(わらい)、自分の中のダンス愛やダンスの存在の大きさに気付いたって感じもあります☆
もうダンスを踊らない人生なんて、自分の中では考えられなくなってると気付いたんですね。

***

私→
「貴重な、リアルなエピソードを詳細まで
教えていただけて、みどふく、幸せです(涙)。
ありがとうございます!」

ともえ先生→
「長くなりましたが、うまくまとめて下さることを期待してます(わらい)」

私→
「それでは、次のテーマに…。
俳優の養成所にも通っていた、福本ともえ先生。
『表現すること』についての思いや考えを教えてください!」

ともえ先生→
「私にとって『表現するということは』ですね。
そうですね…。」

***

今回は、ここまでです。
記事『第三回』に続きます。
ありがとうございました!

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