妻に片想い 3

小さい頃から小説は大好きだったね。
難しい作品じゃなくて、なるべくわかりやすくエンターテイメント作品。
好きな作家?あえて言うなら、「帆士正義」かな。同世代の人なら当たり前かもしれないけど。

彼の作品で一番はやっぱり「アバウトソング」だよ。

2000年ごろに書かれた作品で、上下巻編成。舞台はまず2000年、歌は上手いがオリジナルソングは鳴かず飛ばずの主人公「コウ」。作詞作曲どちらも壊滅的に下手、なのに声だけはよい。

悲劇だよ。だれよりも美しい旋律を絞り出せるのに、肝心の「内容」が付いてこないんだもの。

そんな彼にレコード会社のプロデューサーが、「カバーアルバムを出さないか?」という提案をする。コウはコウで歌うたいとしてのプライドがあるから、そんなのやってられっかってなって、ゴールデン街で浴びるように酒を飲んじゃうのよ。

コウ、酩酊して自宅へと帰ろうとするんだけど、道に迷ってさ、いつもの道なのに。
あれー?とかいって気づくと見知らぬ街にいるわけ。

そこがさ、なんと1960年の日本なんだよ!そう、タイムスリップだよ、タイムスリップ!

 で、なんやかんやあって、喫茶店でバイトをし始めながらそこに下宿することになるんだけど、そこの娘さんに恋をしちゃうわけさ。もう、ぐでぇ〜ってな感じでさ。

それで、彼女の誕生会を近所の商店街のおっさんとかマスターとかとやることになるんだけど、そこでコウは歌を唄うんだよな。

お金もないし、プレゼントできるものなんて、それくらいしかなかったんだよ。
もちろんオリジナル曲歌おうとコウも思うんだけど、好きな彼女の前で恥ずかしい思いはしたくない。

だから井上陽水の「夢の中へ」を唄うわけ。もちろん美しく正確な旋律でね。するとさ、みんなきょとんとしてるんだよ。「なんていい曲なんだ」って。

そう!井上陽水が「夢の中へ」を出すのは1973年なのよ!1960年にはまだ存在しない曲なわけ!で、コウも調子に乗っちゃって「彼女のために書きました」っていうわけ。

そしたら瞬く間にその噂は広まって、テレビに出る、曲を出す、そりゃ井上陽水の「夢の中へ」よ?メガヒット、目が飛び出るほどメガヒット!

んで、味をしめたコウは、1960年には存在しないはずの、2000年では誰もが知ってるヒット曲を手当たり次第カバーして出しまくるわけ。

時には洋楽の曲とかもカバーしてさ。でも中にはうろ覚えの曲とかもあって、ちょっとアバウトな歌詞やメロディでそれを出すんだけど、またまたヒットの連続よ。

で、「音楽ジャンルを超えるスター」なんて呼ばれてちやほやされて、日本だけじゃなく、世界の音楽シーンの先頭に躍り出るわけ、コウと日本が。コウはますます調子に乗って、喫茶店の娘さんに「付き合ってもいいぜ」みたいなこといったら、彼女に「ホントのあなたがわからない、どの曲もまるで違う人が歌っているみたい」って言われちゃうわけ。コウ、ギクって!彼女にはバレているのよ、なぜかね。

で加えてここで急転直下!

コウがどんどん未来の曲を短期間で、しかも過去である1960年代に出すものだから、コウの知ってる2000年の音楽シーンより全然先を行く音楽シーンが65年には出来上がっちゃうわけ。

時代に取り残されてしまうわけよ!でね、「もうコウはダメだ、過去の人だ」なんて世間では言われちゃって、終いには私生活の不祥事とかも週刊誌に取り立たされて、引退を余儀なくされるわけ。

で、土壇場のコウ、再起をかけて自費で武道館ライブをするわけ。
面白半分でお客さんもたくさんくるんだけど、その中にあの喫茶店の娘さんがいるわけよ〜。

コウ、チケット渡しているわけ。「ホントの気持ちを唄うから来てください」って頼んでさ。

物語の最後がよかったよあれは。たしかこんなだったよ。

「ホントの自分を歌います、聞いてください、アバウトソング」
そう言って彼は歌い出した。
少なくとも、出だしは悪くなかった

こんな感じよ?!どんな歌かはわからないのっ!!いいじゃないこれ?
託す的な?読者信じる的な?!

アバウトなカバーでヒットを飛ばしまくった男が最後に、自分の気持ち(about myself)について唄うってね!

アバウトがかかっているのよ。おしゃれでしょう?いいじゃない、こういう作品を読むと、平坦な日常が彩るじゃない?平坦な日常を忘れられるじゃない?あぁ、俺にもこんなドラマチック、訪れないかなぁ〜。

日常が嫌いか、だって?いや別に日常が嫌いなわけではないけどさ。

リアルな話ってのはさ、夢がないのよ。もちろんリアルな話の中には、小説なんかよりも、もっと強烈なものがあるとは思うよ?
え?例えば?そうだな...

あぁ、昔、なんて言っていいか、えっと「その筋」の人に聞いた話なんだけどね?「おとしまえ」ってあるじゃない?そう、その筋の。指ぱーんってやつ。
みんな「包丁」とか「刀」とか「ドス」とかで指、切り落とすって思ってるでしょ?違うんだって、それだけじゃないんだって。

刃物の他に「トンカチ」が必要なんだって。

人間の骨ってのは硬いから、刃物だけじゃ落ちないんだってよ?

刃物で切るのは皮膚と筋肉の部分だけで、そのあとその切れ目に合わせて刃物をあてて、勢い良くトンカチで刃物の取っ手部分を「ターン」って叩くんだって。

そうするときれいに骨折して、指が飛ぶんだってさ。意外とこれが技術いるんだ。

聞いた人の話によるとね、この「技術」に長けた人ってのがそういう組織体には必ず居るらしんだけど、中にはおっかないやつもいるんだって。

『うつろ』って言っていたっけかな?

そう呼ばれる人がいて、そいつは刃物じゃなくて、工具の「ノミ」とトンカチなんだって。一発で、指をストーンって削るように落とすんだって。

でも残酷でさ、そいつ必ず相手に向かって「選んでください」って聞くの。

そう聞かれたら、誰だって支障がない指を選ぶじゃない?大抵の人が「左手の小指でお願いします」っていうのよ。

そう答えるのをゆっくり待ってさ、

うつろ、左手の小指以外、全部落としちゃうんだってよ。


『落とす指』を聞いているんじゃなくて、『残す指』を聞いているんだよ。

教訓だね。

常にそれを「最悪の問いかけ」であることを想定して、聞く耳をたてるべし

ってね。


16本足のタコは「おまたせいたしました」といって、僕が外を覗こうと少し明けた扉の隙間から、ぬるりと入ってきた。

僕は何が起きたかわからなかった。呆然と玄関に立ち尽くすタコを眺めた。タコは150センチくらいの身長で、全身をヌルヌルした液体で覆っていた。少し血なまぐさいような臭いがした。10円玉を鼻に当てて嗅いだ時のような臭いがした。

「ここではなんなので、中でお話しましょう、失礼します。あ、スリッパは結構です」と言って、ズカズカと、いやヌメヌメと部屋の中に入ってきた。

タコはリビングのテーブルに腰(らしき箇所)を下ろし、足(と思われる触手)を組んで、手(と彼が決めているだろう触手)で、僕が今まで飲んでいたウイスキーを指差した(指はなかったが)。

「いただいてよいですかね?弱き旅人よ?」

僕は「どうぞ」といった。タコは「どうも」と言って、もう一つの手で(一つどころかたくさんあるが)ウイスキーをボトルごと飲み始めた。ウイスキーは、スーッと吸い込まれるように殻になった。

すべて飲み終わると「こちらへどうぞ」とタコは僕を向かいの席へと招いた。僕は恐る恐る腰(間違いなく腰である腰)を下ろした。

「ところで、弱き旅人よ?」

「はい」

弱き旅人とは、僕のことを言っているとこの時分かった。

「祈り方が違いますね」

「祈り方?」

「はい、祈り方。あなたこうやって、両の手を胸の前で組んで祈りましたね」

「違いましたか?」

「違いますね、この祈り方は洋風です」

「あ、キリスト教とかですか」

「厳密に言えば他にもありますが、あなたが祈った祈り方は、祈った対象とあっていませんね。だいぶ形式がちがいます」

「失礼しました」

「いえいえ、いいんです。あるでしょう?日本のことをあまり知らない海外の方が、そばをフォークで食べるようなことが。いいんです。そばの楽しみ方は千差万別ですからね。そばは、上手ければよいのです」

「はぁ」

「弱き旅人よぉ?あなたお願いがオヤビンにあるのですね?」

「オヤビン?」

「親分のことです」

僕は、オヤビンが『親分』であることを教えてもらった瞬間、あの明王のことだと理解した。たしかにこのタコも明王と目が似ていた。どこを向いているかわからない、あっちこっち向いた左右の目。動くたびに踊ってしまう目。

「あぁ、まずですね。教えてあげなくてはならないことがあります。あなた、この事態がある種の(バチ)のようなものとお考えですね?それは違います。バチなんてありません。理由なんてないんですよ」

「私のせいではないのですか?」

「誰のせいとかそういうものではありません。理由なんてないんです。なぜそうなってしまったかの『なぜ』なんて存在しません」

「はぁ」

「あなたたちは往々にして、『理由』を求めます。『論理』といっても良いかもしれません。そんなものねぇ、ないんですよ」

「ないんですか」

「ないです、あなた達は【こちら】から送ったものに真ん中を作りたがる。芯を置きたがる。【本質】といったほうが分かりやすいですかね。自分の手で、気持ちのよい大きさの、手に余らない太さの【中心】を作りたがります。そんなの意味ないんです」

「はぁ」

僕はなんのことかさっぱりわからなかった。このタコの話は、筋が通らないぞと思った。

「ですからあなたのせいではないんです。別に因果応報ということはありません」

「私のせいではないのですね?」

「分からず屋ですねぇ。だから、もう。それでいいです。あなたのせいではないと言えますかね」

そう言って、タコはテーブルの上にあったテレビのリモコンに手(もうやめておこう)を伸ばし、電源を入れ、5チャンネルのニュースを見始めた。テレビでは可愛らしい女子アナが興味もないだろうに、バトミントン日本代表の試合結果、気になりますね!と元気よくメインキャスターに聞いているところだった。

「さて」

そう言って、タコはテレビの音量を0にした。

「お願いですが、聞いてあげます。しかし4つのお願いを、【こちら】からもしたいと思います」

4つのお願いと言いながら、タコは左右の触手を2本ずつ上にあげた。

「まずひとつ。あなたに誓ってもらいます」

「なんでも誓います!」

「これから先、いっさい『カカオ』を食べてはなりません」

「チョコとかココアに入っているものですか?誓います」

「よろしい。それでは2つめ。これから先、あなたは自分で正しいと思ったことを無性にしたくなることがあるでしょう。それを収めなさい。彼女や息子さんの『ために』生きる、いえ『おかげ』で生きていると考えなさい」

「考えます」

「いいですねぇ。3つめです。彼女のヒール、ありますねぇ?あれをください。私の足に履かせていただきたい」

「わかりました」といって僕は玄関に行き、靴箱から彼女のヒールを8足出して、両手で抱えてリビングへと戻った。タコは先程と向きを変えずに座っていた。僕は彼の足元に跪いて、ヒールを履かせた。どの足もヌメヌメしていて、温かだった。よく見ると赤い血管のようなものが薄くタコの表面に走っていて、鼓動していた。同じ血が通っているんだと思った。

「どれもサイズぴったりです」とタコが言った。
僕はそうですかと言って、跪いたまま、タコを見上げて
「もうひとつはなんですか?」と聞いた。

するとタコはヒールを履いた足で、椅子から立ち上がり、僕をより見下ろして
こう言った。


「選びなさい。彼女か、息子さんか、どちらか選びなさい」


常にそれを「最悪の問いかけ」であることを想定して、聞く耳をたてるべし。


【この場合もそうだろ?】


誰かが、僕の耳元でそう囁いている気がした。



(次で最後です)



*文中に出てくる、帆士正義 著『アバウトソング』という本は存在しません。帆士正義という方も存在しません。





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kazuho

妻に片想い

短編小説です。全4話構成。 あとでちゃんとこちらにあらすじ書きます。
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