妻に片想い  1

彼女は僕の7つ上。いわゆる姉さん女房だ。
僕が27歳、彼女は34歳の時に、僕たちは知り合った。

初めて彼女に会ったのは、職場の忘年会。会って少しして、この人とは波長が合うなと思った。彼女はニューヨークの大手広告会社で働いた経歴もあるバリバリのキャリアウーマンで、中学生のときから大学卒業まで、有名私立学校に通っていた。幼い頃からバレエを嗜み、大学時代はヒップホップダンスサークルに所属し、活発で清らかな青春時代を過ごしていた。英語はもちろんペラペラ。そういった経歴や経験を持っている人特有の、活発で、ポジティブなオーラをまとった、知的な女性だった。

普段こういう類いの人を目の前にすると、僕は恐縮してしまってあまりうまくしゃべれないのだけど、彼女とは自然と話が弾んだ。なんというか、「話題の頬張り方」と言うか、話を展開させるタイミングのようなものが不思議と合っていて、心地よかった。会話と会話の間に生まれる沈黙が気まずくなかった。沈黙というよりは「なにもしゃべらない」という「おしゃべり」をしているように感じた。

ひとしきりお酒を飲んでから、彼女と僕、そのほかの数人で西麻布のクラブに行った。彼女はダンスが本当に上手で、ダンスフロアでも目立っていた。バレエをやっていたからなのかわからないけれど、上品なダンスだなと思った。僕は楽しそうに踊る彼女を、バーカウンターに寄りかかりながら見守った。見守りながら、ジントニックを3杯飲んだ。

当時僕たちはそれぞれの道を歩んでいた。だから、即座に何かドラマチックな展開があったわけではなく、この出会いから、最初のデートまでは大体3年くらい間があったように記憶している。もちろん僕からの熱烈なアプローチの末、デートは滞りなく行われ、滞りなく僕たちのお付き合いは始まった。

デートの殆どは、東京の街を散歩することだった。浅草の商店街や、表参道、お台場の海辺。色んな道を歩幅を合わせつつ、互いの昔話をすり合わせながら歩いた。彼女はいつもカラフルな服を来てデートに現れた。サーモンピンクのタートルネックセーターを着ていたり、淡いグリーンのボタンダウンシャツを着ていたり、季節とデート行く場所に合わせて、気持ちのよい色合いの装いをする女性だった。特に足元はいつもおしゃれで、シンプルでフォルムの美しいヒールをいつも履いていた。

「たくさんヒールを持っているんだねぇ」

「そうねぇ、靴ばっかり買ってしまうのよね。足が2本じゃ足りないくらいかも」

「タコみたいな奥さんはいやだなぁ」なんてことを言いながら、奥さんという表現を敢えてして、敢えて照れたりしながら、たくさんの道を一緒に歩いた。



付き合い初めて半年後に、結婚しようということになった。急いでいたわけではないけれど、僕と彼女の頭の中には「子供を早く産まなくては」という気持ちがあったような気はする。お互い縁もゆかりもない平和島にあるマンションで同棲することを決めたのも、家賃や通勤の兼ね合いもあったが、「子供2人までOK」という条件が、決め手だった。

2月14日、バレンタインの日に僕たちは婚姻届を提出した。すでにわかりやすい旗が立っている日に間借りすることで、記念日をうっかり忘れてしまうなんてことがないようにしたかった。

彼女は几帳面で、婚姻届に記載する僕の苗字を、これから彼女の苗字になる字を、ノートに何度も書いて練習していて、提出のときには、僕よりサマになる字体を手に入れていた。

「結婚は人生の墓場だ」という言葉があるけれど、正しいような気がする。僕達は一緒に「結婚」という「墓場」を通り過ぎて、「新婚生活」という「天国」に行き着いた。それに、天国に行き着いたと思った途端、僕達の前にかわいい天使が舞い降りてきた。妊娠検査薬はしっかりと線を描いてくれていた。

僕は会社に休んで、彼女と一緒に産婦人科に行くことにした。僕は30歳、彼女は37歳になっていた。年齢からいうと「高齢出産」。なるべく彼女をケアをしてあげたい、そう思ってついて行くことにした。一緒に駅前の産婦人科まで歩いていった。僕はこの日のために、彼女に、アディダスの、真っ白なスリップオンスニーカーを買っておいた。

彼女の持っている靴は、どれもヒール。
だから、転倒の心配がなく、なるべくお腹が大きくなってからも履きやすい靴を用意してあげたいと思っていた。
靴を、隠していた靴箱から出して、彼女にプレゼントだと告げると「女から母になるスタートラインだわね」と言って、笑ってくれた。

産婦人科で彼女が診察を受けている間、僕は待合室で1人読書しながら待っていた。
男性は僕ともう一人だけで、女性ばかりの待合室。もう一人の男性はとても若くて、高校生くらいにも見えた。先にその男性が待っていた女性の診察が終わった。女性も若かった。枯葉色の髪をブルーのゴムで1つに結んでいて、ノーメイク。顔つきは幼く、肌はテカテカと輝いて見えた。女性は不機嫌そうに、会計を済ませると、待っていた彼を置いて、そそくさと外に出ていってしまった。慌てて彼も、逃げるように出て行った。

その二人を見送ってから少しして、僕も診察室に呼ばれた。懐妊の報告を夫である僕にもしてくれるのかな?と思った。

笑顔で診察室に入ると、医師は無表情で座っていた。彼女もあぁという感じで、僕を笑顔で迎え入れてくれたが、硬かった。口角はあがっているけど、口に釣り糸でもひっかけられたように、不自然な上がり方をしていた。

彼女が座っている椅子のすぐ横に用意された丸椅子に僕が座ると、医師は僕をチラと見てから、レントゲン写真を2枚、白い蛍光ボードに貼り付け、話し始めた。

「妊娠されています。ただ、この部分。ここが子宮口です。大きな袋のようなものが写っています。現時点ではなんとも言えないですが、腫瘍らしきものが写っていると私は判断しています」

間髪いれず、医師は話した。

僕はうなずきも出来ず、ただその言葉が流れていくのを、呆然とみつめることしかできなかった。

(妻に片想い 2 )


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もしサポートいただけたら、こどものおむつ代にさせていただきます。はやくトイレトレーニングもさせなきゃなのですが...

そんなあなたが、僕もスキ!
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kazuho

妻に片想い

短編小説です。全4話構成。 あとでちゃんとこちらにあらすじ書きます。
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