見出し画像

ハガキ職人から放送作家、そして。16

【放送作家15年目(36歳) 2016年】

消臭力との日々は驚きと発見の連続でした。
彼女はプロ野球・横浜ベイスターズの熱狂的なファンで、試合のない(シーズンオフの)11月から3月の間に働いてお金を貯め、シーズン中の4月から10月は、試合を観戦するためにニートになるという超自由人。いわば「スーパー・ニート」です。

交友関係も広く、女友達とチェーンの居酒屋で騒いではカラオケに行って盛り上がる。ベイスターズ友達はもちろん、競馬仲間がいたり、釣り友がいたり、日曜日には「鉄腕DASH」と「イッテQ」を見ながらお腹を抱えてケタケタ笑うし、羨ましいほどに人生の楽しみ方を知っている人でした。

一方で、「安い居酒屋は美味しくない」「カラオケなんてつまんない」「今さらテレビなんかで笑えない」… そんなことを言っている自分は上流ではなく、楽しむ能力に欠けた下流の人間なのかもしれない。彼女を見て、僕はそう思うようになります。

彼女は、僕をいろんな場所に連れ出してくれました。睡眠に悩み、体調を崩して部屋に引きこもっていた生活から一転、半ば無理やり手を引かれて、強制アウトドア生活の始まりです。
この頃、スマホアプリの「ポケモンGO」がブームになっていて、もちろん彼女もやっていました。「一緒にやろうよ」と言われた僕は

「こんなのに夢中になってる大人はバカだ! こんなのGPSの位置情報とゲームの中のデータをやり取してるだけじゃん! 捕まえてるのはモンスターじゃなくて、単なるデータなんだよ!」と力説。

すると彼女は
「うん、(何言ってるか)よくわかんないけど。ポケモン可愛いから、やろうよ!」

シンプルすぎて、何も言い返すことができません。

こうして、僕たちはポケモン探しの旅へ。世田谷公園、浜離宮、江ノ島、井之頭公園、明治神宮、お台場、様々なところに行きました。ちょうどブームの真っ只中で、どこに行っても異常なまでの人、人、人。
ポケモンが出没する場所を教えてくれるアプリと照合しながら、あそこに出た、今度はあっちと歩き回るうちに、だんだん夢中になっていく自分がいました。

DSがきっかけで彼女と出会い、ポケモンで仲良くなる。任天堂さんは、なんて素晴らしい会社なのでしょうか。

ある日、お台場でポケモンを獲った帰り道。二人でゆりかもめに乗って新橋駅に向かっていると、途中の駅(汐留)に激レアのモンスター「カビゴン」が出没したとの情報が入りました。僕らは目を見合わせ、口を揃えて

「走ろう!」

カビゴンが消滅するまで、あと3分。僕たちは汐留駅で電車を降り、駅の階段を飛ぶように、オフィス街のド真ん中と思われる出没地点を目指しました。

「間に合うかな?」と僕が言うと

「絶対、間に合うよ」と彼女。

こんなに全力で走ったのは、いつぶりだろう…。前を走る彼女の小さな背中を追いかけながら

(モンスターを捕まえるために全力疾走してる、バカップルかよ!)

と、自分で自分を笑いました。


そんな楽しい毎日を過ごしていた時、担当していた番組が2本同時に終了。そこでふと我に返ります。

(働かなきゃ!)

仕事相手との連絡先を断ち切り、廃業と腹を決めたつもりが、彼女と出会ったことで状況が変わってしまったのです。
この楽しい日々を維持するためには、長らくやってきた作家の仕事で再起するしかない。

「廃業したくない!」

仕事やお金のことは、男はなかなか言えないものです。

僕は仕事が減っていることを彼女に悟られないように「打ち合わせに行ってくる」と嘘をついて、漫画喫茶でよく時間を潰していました。
リストラされたサラリーマンが、家族に言えずにスーツ姿で公園にいる、そんなイメージです。

(何やってんだろう…)

こちらから拒絶しておいて、状況が変わったからと急に「仕事をください」とも言えず。そもそも放送作家は、営業をかけてどうこうなる仕事でもありません。

ギリギリ食えないこともないし、貯金もある。

彼女には(仕事が減っていることは)黙っておこう。僕がお金持ちでないことを知れば、彼女はきっとガッカリする。そして僕の元から去っていくはず、今までの女性がそうであったように。

貯金を切り崩せば、お金持ちのふりは出来ます。
彼女と一緒にいるときは思う存分、贅沢しよう。楽しもう。

こうして僕は、また一人で抱え込んでしまうのです。

この話は続きます。


放送作家 細田哲也 ウェブサイト

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?