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ハガキ職人から放送作家、そして。12

【放送作家8年目(29歳) 2009年】

それは、ある放送局で会議をしていた時のことでした。
普段は滅多に会うことがない経理部の社員さんが、僕を訪ねてやって来たのです。

「細田さんという作家さんは、どなたでしょうか?」

「はい、僕ですが」

会議を抜けて話を聞くと、経理の方は困った様子で僕にこう言いました。

「実はですね。先ほど●●区役所から電話があって、弊社から細田さんにお支払いしている給料を差し押さえたいと言われまして…」

「はっ?!」

「税務課と言っていたので、おそらく税金関係かと思います」

僕はすぐに●●区役所に電話をかけました。それによると、前の前の前に住んでいた家の住民税に未払い分があったらしく、延滞金が膨らんで180万円になっているとのこと。
住民税の延滞金は、きちんと払っている人との公平性を保つために消費者金融並みの利率が設定してあります。延滞金だけで30万円もありました。

大きな金額を振り込むために、僕は久々に自分の通帳を見て驚きました。思っていたよりも大幅に、残高が少ないのです。当然といえば当然のこと。2LDKの家賃に車のローン、夜遊び、彼女のために派手な出費。さらに、そんな彼女と距離を置くための別宅の家賃。


ここにきて180万円の出費は痛い。しかし、住民税を免れることは出来ません。そんな時「延滞金は、見逃してもらえるかも」という話を聞き、僕はいけないことを思いついてしまいました。

僕は延滞金を免除してもらうべく、●●区役所に乗り込むことにしたのです。お金に困っていることをアピールしなければならないので、マイカーで乗り付けるわけにもいきません。僕は車を駅前に止め、そこから路線バスに乗って20分かけて秘境にある区役所へと向かいました。
無精髭を生やして、目の下にアイライナーでクマを書き、薄汚れたチノパンにネルシャツ。家にあった一番汚いスニーカーを履いて、愛用していたエルメスのバッグを紙袋に持ち替え、見窄らしさを演出しました。

通されたのは、区役所・税務課の奥の奥にある「納税課緊急対策最終係」(正式には忘れましたが、とにかく長い名前でした)。ここは、何度催促しても住民税を払わない悪質な人を追い詰めるためのセクション。当時、僕は1年おきに引越しをしていたこともあり、逃亡者ということになっていたのです。 

カーテンで仕切られた個室で、50代ぐらいの男性職員Jさんと面談をしました。

「細田さん。お支払いいただけなかった理由は何でしょうか?」

「払いたかったのですが、お金が無かったもので…ゴホゴホッ」

出来るだけ弱々しい声で、時折、咳を挟みながらの(大根?)芝居。お金がなくて、まともなものを食べておらず、故に体調を崩しているという僕なりの裏設定です。
なんせ30万円を回避できるかもしれない、一世一代の演技。

「そうですか。しかしすでに延滞をされていますし、一括でお支払いいただくというのが基本です」

「一括だなんて、そ、そんなの無理です!…ゴホゴホッ!」

「早く払っていただかないと、さらに延滞金が膨らむことになってしまいますよ」

「あの、その、延滞金の件なんですが…。なんと言いますか、どうにかならないものでしょうか?」

「それは難しいですね。そういうルールですので」

と、なかなか思ったような展開にはならず、僕は次なる作戦に出ました。

「実は…。●●区役所さんから放送局に連絡をいただいたことをキッカケに、番組をクビになってしまって、仕事を失ってしまったんです…ゴホゴホ、ゲホッ!」

ここで一気に、Jさんの顔色が変わりました。

「えっ! そ、そうだったんですか…」

もちろんこれは、延滞金を免れるための真っ赤な嘘。僕にとっては、ここが畳み掛けるチャンスでした。

「仕事もなくなり、僕はこの先、どうしたらいいのか…ゴホゴホ、オエッ!」

僕の嘘に責任を感じてしまった様子のJさん、ペンを持つ手がガタガタと震えているのが見えました。さすがに罪悪感もありましたが、僕は僕で必死でした。

「わ、わ、わかりました! 少々ここで、お待ちください」

Jさんはそう言って個室を出て行きました。そこから30分ほど、カーテンの外ではJさんと誰かが何かを相談しているような声。さらにガチャン、ガチャンと何かの機械を操作しているような音も聞こえます。

(よっしゃ! 30万チャラ、キターー!) 

僕はひとり、個室の中でガッポーズ。
Jさんは色々と走り回ってくれたようで、戻ってきた時にはもう汗だくでした。そして満足げな表情で、僕にこう言いました。

「いろいろと掛け合いまして、なんとか頑張りました!」

そして、分厚い紙の束を机の上にドンと置き

「通常は一括払いなのですが、分割で48回払いに出来ました!」

「…は?」

「180万円をなんとか、48回払いに出来たんですよ!」

「…延滞金は?」

「もちろんそれは、しっかりとお支払いいただきます! 細田さん、頑張りましょうね!」

こうして、延滞金は一切見逃してもらえず、最初の通り180万円を支払うことになりました。

無精髭もクマも汚い服も、バスで来たのも全部無駄かよ!!

僕は48枚もの払込用紙の束を持って、区役所を後にしました。  
そしてその日の深夜、近所のコンビニで180万円を全額、現金で支払い。用紙を1枚1枚、ピッピッとバーコードで読んでいくので、全て支払うまでに1時間弱かかりました。そのコンビニも、だいぶ迷惑だったと思います。 

支払いが完了した後日、僕のところに1通の封書が届きました。それは区役所のJさんが、ご自宅から個人的に送ってくださった直筆のお手紙。

「私のせいで、お仕事を降ろされてしまって申し訳ありませんでした。あれから、お仕事の調子はいかがでしょうか?」という内容でした。

僕は、なんということをしてしまったのでしょう。

すぐにお返事を書き「あれは、嘘です。延滞金を逃れたいが為にやってしまいました。申し訳ありませんでした」と謝罪をしました。

すると数日後、またJさんからのお返事

「嘘だったなら、よかったです」 

優しすぎるその言葉に、自分がしてしまった浅はかな行為を余計に恥ずかしく思いました。

こうして住民税は何とか支払ったものの、まだお金の問題が全て片付いたわけではありませんでした。これは一つのキッカケに過ぎなかったのです。

この話は続きます。


放送作家 細田哲也 ウェブサイト

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