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ハガキ職人から放送作家、そして廃業へ。2

【大学生(21歳) 2001年 】

さすがに焦ってきた僕は、番組(ディレクターのBさん)宛てに封書を送りました。封筒の中身は「放送作家になりたいです」という真面目な手紙と、MDが1枚。(MDはミニディスクの略でCDに続く記録媒体として、当時よく使われていました)

MDには、アコーディオニストcobaさんの『過ぎ去りし永遠の日々』という曲が入っていました。この曲は、当時「おしゃれカンケイ」というテレビ番組の中で、司会の古舘伊知郎さんが手紙を朗読するときにBGMとして流れる「手紙の朗読といえばこれ!」という定番曲でした。

のちに、その場にいた人から聞いた話によると、ある日の生放送終わりにスタッフ総出でリスナーから届いたお手紙を整理していた時のこと。たまたまディレクターのBさんが僕が送った封書を見つけたそうです。

(ハガキ職人の顔面凶器から、なんか届いてるぞ)

封を開けると、中には手紙とMDが。Bさんは何気なく、そのMDをプレイヤーに差し込み再生ボタンを押しました。そして椅子に座り、僕からの手紙を読んでいると、絶妙のタイミングでcobaさんの曲が流れ始め…。

「わしゃ、古舘伊知郎か!」とツッコんだかはさておき、Bさんはこの演出をやけに気に入ったようで、「一度、こいつに会ってみよう」と思ってくださったそうです。

そこから出待ちの時に連絡先を交換した作家のAさんに繋いでもらい、Aさんも交えてBさんと3人で食事をすることになりました。僕は社会人経験どころかバイトの経験すらなく、挨拶も礼儀も全く知らない大学生でした。3人で居酒屋に入り、通された個室にBさんよりも先に入って上座に座ったり、出て来た大皿の料理に誰よりも先に箸をつけたり、空いたグラスをBさんに下げさせたりと、もうめちゃくちゃでした。

食事に誘われた=放送作家にスカウトされる、と僕は完全に舞い上がっていたのです。しかしBさんは「なんか最近、面白いことあった?」とか「ネタ考えて芸人やってみたら、どう?」「歌舞伎町でホストでもやってみたら?」と冗談ばかりを言い、ただ雑談しただけでその日はお開きになりました。そして、しばらく音沙汰なし…。

3ヶ月後、2回目の食事に誘っていただきました。しかしその時は、同席した作家のAさんがBさんに恋愛相談を始め、僕のことは放ったらかし。最終的にAさんが号泣するという謎の会で終わってしまいました。そこからまた3ヶ月間の放置…。

3回目に誘っていただいた頃には、もう11月になっていました。

(いつになったら僕をスカウトしてくれるのだろう?)

豚の角煮が美味しいお店で、ディレクターのBさんと作家のAさんと3度目の食事。お酒も進み、Bさんの芋焼酎が4杯目か5杯目に差し掛かった頃でした。Bさんが突然、テーブルを思いっきり叩いて激怒したのです。

「おいコラ! 顔面!」

「は、はい!」

「お前、俺と会う意味、分かってんのか?」

最初はその言葉の意味がわからず、僕はただうつむいて聞くしかありませんでした。

「俺は3回もお前にチャンスやったんだぞ! なのに、なんでお前は企画書の1枚も俺に持ってこないんだよ!」

確かに。正論すぎて、僕は何も言えませんでした。

「俺が、単なる大学生のお前とメシ食いたくて誘うと思うか? 1回目から今までの間に、俺の言ったことを一つでも実行したか? ネタを作って芸人をやったか? 歌舞伎町でホストをやってみたか? なんでやらないの? 時間はたっぷりあっただろうが!」

芸人だホストだと、Bさんは冗談を言ったわけではなかったのです。 放送作家は、誰かに仕事を頼まれて初めて成立する職業。この時の僕はBさんにどんな方法でもいいからアピールをして、選んでもらわなければいけない立場でした。

「Bさん! 僕、芸人やってみたんですよ! 小さな舞台ですけど客前でネタをやったら、全然ウケなくてねー。いやー、芸人さんて大変なんですねー」 

「え、お前マジで芸人やったの? 冗談で言っただけなのに、バカだなー」 

Bさんはこれを期待していたのです。あながちこれは、アピールの方法としてさほど難しいことではありません。芸人、ホストは一つの例としても、Bさんは僕が何にも動いていないことに怒っていたのです。

3回もチャンスをいただいた上に、Bさんを怒らせてしまうという大失態。しかもBさんの怒りは、まだ続きました。

「それとな! 角煮はちゃんと半分に割ってから食え!」

30分ほど前、テーブルに豚の角煮が出てきました。お皿にごろっと大きな2つの角煮。さすがに3回目の食事ともなれば、年上から順に箸をつけるということぐらいは、僕でも知っています。
まずBさんが1つの角煮を箸で半分に割って食べ、続いて作家のAさんが残った半分を食べました。

さぁ次は、僕が箸をつける番。僕は何を思ったか、お皿に残っていた角煮を丸ごと1個、箸にぶっ刺してパクッ! とイッてしまったのです。
言わずもがな、この場合の正解は角煮を半分に割って半分だけいただく(半分は残しておく)です。

「俺の角煮を返せ!」とでも言うかのごとく、Bさんの怒りようは企画書云々の件よりも激しかったように思います。

こうして最悪な空気のまま、最後の食事会は終わってしまいました。

「もう2度と、誘っていただけることもないだろう…」

僕にとって、唯一の希望が途切れた瞬間でした。

この話は続きます。
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放送作家 細田哲也 ウェブサイト

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