シテ:
然るに一門門を竝べ
累葉枝を連ねしよそほひ

地謡:
真に槿花一日の榮に同じ
善きを勧むる教には
逢ふこと難き石の火の
光の間ぞと思はざりし身の習はしこそ悲しけれ

シテ:
上にあっては下を悩まし

地謡:
富んでは奢を知らざるなり
(クセ)
然るに平家
世を取って二十餘年
真に一昔の過ぐるは夢の中なれや
壽永の秋の葉の
四方の嵐に誘はれ
散り散りになる一葉の
舟に浮き波に臥して夢にだにも歸らず
籠鳥の雲を戀ひ
歸鴈列を亂流るなる
空定めなき旅衣日も重なりて年波の
立歸る春の頃此の一の谷に籠りて
暫しはここに須磨の浦

シテ:
後の山風吹き落ちて

地謡:
野も冱え返る海際の
舟の夜となく晝となき
千鳥の聲も我が袖も波に凋るる磯枕
蜑の苫屋に共寝して
須磨人にのみ磯馴松の
立つるや薄煙柴といふもの折り敷きて
思を須磨の山里のかかる處に住まひして
須磨人となり果つる一門の果ぞ悲しき

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