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塩田武士「罪の声」を読んだ

純文学好みなので少し読み始めて止まっていて、この本はいくつかのケースのように放置されるものと思われた。それでも気分を変えて読むことにすると面白さに没入することになった。実際にあったグリコ・森永事件を題材にしてできるだけ記録された事件に基づいて書かれてある。しかし、文化部新聞記者と加害者側で犯行に利用された子供の二人の主人公によって二つの世界が同時進行する構成や、次々に真相が明らかになって記者発表の最終場面に至るストーリー展開はドキュメンタリーではなく、小説として十分読者を堪能させるものだった。

たぶん作者が記者だった経験が生きて、取材能力が小説そのもののエンジンになっているものと思われる。小説の分類でいうと、松本清張のような社会派ミステリーに入るのだと思うが、小説中の今は現代から30年前を再現する構成になっているので、感覚的に馴染みの、追体験しやすい世界になっている。テンポが良く、しかも映画のように視覚化された映像だけでなく登場人物の内面に入って行けるので、外から見るのではなく自分自身が経験できるようになっている。おそらく作者が何年も事件の小説化にこだわったのも、誰もが降りかかる事件として捉えて欲しいというジャーナリストの魂を感じる。一つだけ難をいえば、犯人の主犯格の男が学生運動経験者として描かれていた点だ。ヤクザ関係はすごくリアルなのに、活動家は紋切り型に感じられた。スターリンの一国社会主義という言葉が浮いていた。

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